他力ということは本当の事実に目覚める力
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![]() 法語法話 平成14年 |
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人間を本当に自覚させるのが… |
めぐり合うたよろこびこそ… |
他力の生活は最後まで… |
かぎりない智慧と慈悲こそ… |
善人も悪人もひとしく… |
他力ということは… |
私は死ぬまで煩悩具足の凡夫です |
念仏の中で阿弥陀佛に… |
すべての自力は他力に… |
自分で自分の始末をつけ得ない… |
幸いを求めて弥陀を信ずる… |
たりき たりきと おもうていたが… |
闇の中から闇を破るはたらきは… |
本多 弘之(ほんだ ひろゆき)
1938年、中国黒龍江省孟家崗(旧弥栄村)生まれ
『親鸞の鉱脈-清沢満之』(草光舎)より
昨年のある日、妻と娘は鎌倉(かまくら)に遊びに行きました。妻も娘も「大仏さん」の表情に何ともいえない悲しさを感じたようです。娘はその微笑を目(ま)のあたりにして、「大仏さんから“どんな悲しいことが起こっても引き受けなさい”と言われたような気がする」とつぶやいたと言います。そして「その自信は自分にはもうない」とも。
娘はその時、妊娠(にんしん)五ヶ月の身でした。彼女はその一年数ヶ月前、お産を目前にしてお腹の赤ん坊の病気を宣告(せんこく)され、結果的には、死んだわが子を出産するというむごい経験をしていました。妻から娘のこの言葉を聞かされた私は、お産をひかえた娘の胸中(きょうちゅう)を思うとともに、私の彼女にとった言動(げんどう)を思い起こさざるをえませんでした。
娘の死産(しざん)(私にとっては孫の死)という事態(じたい)の中で、私は比較的(ひかくてき)早く孫の死の悲しみから気持ちをきりかえることができました。私は「縁がなかった」とか「老少不定(ろうしょうふじょう)」とかの言葉で、娘を慰(なぐさ)めようとしました。
しかし彼女は、なかなかこれらの言葉にうなずきませんでした。私はその娘の姿を見て、彼女が仏の教えに遠いから子どもの死を受け入れられないのだと考えていたように思います。私は娘に直接口にこそ出しませんでしたが、「仏の教えを聞いて、どんなに悲しいことが起こっても引き受けられるようになりなさい」と語りかけていたように思うのです。
しかし、もし今、私の妻が突然亡くなったとして、私はその死を受け入れることができるだろうかと、ふと考えます。私の娘が子どもの死を容易(ようい)に受け入れることができなかったように、私もまたその死を受け入れることはなかなかできないのではないだろうかと。だとしたら、「仏の教えを聞いて死を受け入れることができるようになる」との私の思いは、その内容をもう一度吟味(ぎんみ)し直す必要がありそうです。
『歎異抄(たんにしょう)』第九条(聖典629頁)は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)と唯円(ゆいえん)との死の受容(じゅよう)をテーマとした問答(もんどう)と考えられます。唯円は、「念仏してもなぜ“いそぎ浄土(じょうど)へまいりたきこころ”がないのか?」と問います。親鸞聖人は答えます。「親鸞もこの不審(ふしん)ありつるに」と。自他(じた)の死をなぜ受容できないのかという唯円の問いに自分も同じだと答える聖人。ここには仏の教えを聞き、念仏申す身になっていながら死を受け入れることのできない人間の姿が赤裸々(せきらら)に語られています。
私は今「自分を変える」とか「自分が変わる」ということについて、大きな思い違いをしていたのではないかと考えています。私たちは「自分の思いどおりに自分を変えたい」という欲求(よっきゅう)をもっています。自分が変わることによって苦しみから逃(のが)れられるように見えることが多々あるからです。私たちはそのためにあらゆる努力を惜(お)しみません。また自分が変わるためには何でも利用しようとします。仏の教えも念仏もその例外ではありません。「死を受け入れることができたら、どんなに楽になるだろう」、そう思ってどんなに努力しても、死を受け入れられない自分は変わらない。「教えを聞き、念仏申す身になればどんな悲しみも引き受けられる」はずだと考えて念仏しても自分は変わらない。
他力(たりき)とはそのような自分の事実を知らせるはたらき、またそのような自分をそのまま救うはたらき、そんなことを思っています。
島 潤二(しま じゅんじ) 福岡・仁業寺
東本願寺出版部(大谷派)発行『今日のことば』より転載 ◎ホームページ用に体裁を変更しております。 ◎本文の著作権は作者本人に属しております。