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三十四 くるしみの壺 「九条 武子」

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法悦百景 深川倫雄和上

二十一 いのちの葉 「浅原 才市」
二十二 恋ごころ 「良寛上人」
二十三 世は夢 命は露 「良寛上人」
二十四 無邪気 「良寛上人」
二十五 大風のごとし 「物種 吉兵衛」
二十六 他力 「物種 吉兵衛」
二十七 許す母 「与謝野 礼巌」
二十八 修正会 「九条 武子」
二十九 親さま 「足利 源左」
三十 常不軽菩薩 「宮澤 賢治」
三十一 見聞知 「深川 倫雄」
三十二 仕えてぞ「行基 菩薩」
三十三 ひとの涙 「九条 武子」
三十四 くるしみの壺 「九条 武子」
三十五 この善太郎 「善太郎」
三十六 提婆尊者 「梁塵秘抄」
三十七 職業すなわち仏道 「兼好 法師」
三十八 寂しさの秋 「三木 清」
三十九 寂しき悔 「九条 武子」
四十 報恩講 「狐雲」
ウィキポータル 法悦百景

この胸に ひとの涙も うけよとや
われみずからが くるしみの壺
             (九条 武子)

人の涙

 私の苦しみにてござ候。私の一部分が苦しみではなく候。私が苦しみにてござ候。苦しみの充満にてござ候。私は壺にてござ候。壺には涙が一杯にてござ候。私の流した涙にてござ候。壺も涙が入らぬにてござ候。私自身の涙も壺からこぼれる程にてござ候。

 昔、この壺は空にてござ候。昔、この壺は仕合せで出来ていると思うたのに候。昔、この壺は仕合せの入れものと思うたのに候。昔、この壺は仕合せが一杯と思うたのに候。昔、人様の涙を毒薬のごと思うたのに候。今は涙が一杯にあふれてござ候。みな私の涙にてござ候。今少し、年をとりたのにござ候。今、み仏から苦しみをもらったのにござ候。

 この涙は、み仏のもの程のねうちがござ候。今、自ら涙一杯の壺に、人の涙もうけよと仰せられるにござ候。

同苦

 み仏は、無理を仰せられるにござ候。とは申せ、私の涙も、み仏に教えられたにござ候。

 私の一杯の壺に、人の涙と私の涙と、享け候。

(昭和三十八年七月)