三十四 くるしみの壺 「九条 武子」
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この胸に ひとの涙も うけよとや
われみずからが くるしみの壺
(九条 武子)
人の涙
私の苦しみにてござ候。私の一部分が苦しみではなく候。私が苦しみにてござ候。苦しみの充満にてござ候。私は壺にてござ候。壺には涙が一杯にてござ候。私の流した涙にてござ候。壺も涙が入らぬにてござ候。私自身の涙も壺からこぼれる程にてござ候。
昔、この壺は空にてござ候。昔、この壺は仕合せで出来ていると思うたのに候。昔、この壺は仕合せの入れものと思うたのに候。昔、この壺は仕合せが一杯と思うたのに候。昔、人様の涙を毒薬のごと思うたのに候。今は涙が一杯にあふれてござ候。みな私の涙にてござ候。今少し、年をとりたのにござ候。今、み仏から苦しみをもらったのにござ候。
この涙は、み仏のもの程のねうちがござ候。今、自ら涙一杯の壺に、人の涙もうけよと仰せられるにござ候。
同苦
み仏は、無理を仰せられるにござ候。とは申せ、私の涙も、み仏に教えられたにござ候。
私の一杯の壺に、人の涙と私の涙と、享け候。
(昭和三十八年七月)