操作

三十三 ひとの涙 「九条 武子」

提供: Book

Dharma wheel

法悦百景 深川倫雄和上

二十一 いのちの葉 「浅原 才市」
二十二 恋ごころ 「良寛上人」
二十三 世は夢 命は露 「良寛上人」
二十四 無邪気 「良寛上人」
二十五 大風のごとし 「物種 吉兵衛」
二十六 他力 「物種 吉兵衛」
二十七 許す母 「与謝野 礼巌」
二十八 修正会 「九条 武子」
二十九 親さま 「足利 源左」
三十 常不軽菩薩 「宮澤 賢治」
三十一 見聞知 「深川 倫雄」
三十二 仕えてぞ「行基 菩薩」
三十三 ひとの涙 「九条 武子」
三十四 くるしみの壺 「九条 武子」
三十五 この善太郎 「善太郎」
三十六 提婆尊者 「梁塵秘抄」
三十七 職業すなわち仏道 「兼好 法師」
三十八 寂しさの秋 「三木 清」
三十九 寂しき悔 「九条 武子」
四十 報恩講 「狐雲」
ウィキポータル 法悦百景

あるときは 毒薬のごと おそれつつ
人のなみだを ぬぐはでありけり
            (九条 武子)

仕合せ

 ぽやぽやっとした仕合せは、人を最低の心境におとしこむ。ちょうど麻薬のような働きをもつ。

 家庭は人に馬鹿にされる程ではない。女として器量はよい。貧しくはない。人なみより増しの学歴をもっている。流行の尖端をゆく程、アホウではないが、地味に貴賓を身につける。家屋敷小ならず。若さの故に病気を知らず。両親健在でやさしく賢い。人間は己おのれの持場を守って平和であるべきだと、自分も真面目であるつもりでいる。どこの馬鹿者が不幸に泣くのか。泣く人はきっとどこかが間違っているのだ。めそめそと不幸に泣くなんていやらしい。泣く人は大きらい。

 そうして、人の涙を毒薬を見る程、きらっていたけれど、自分自身がせんすべなく不幸に立ち、夜がな日がな、涙にくれることになって、涙とはこんなものかと知れた。今日では、涙する人あらば寄り添って、自分のハンカチで拭いてやります。涙をおそれた頃の恥ずかしや。不幸が私を鍛えました、と。

苦しみ

 賢い人に、仏は信ぜられない。自分は賢いと感じている人が、賢い人である。心の汚さ愚かさを知らされた人ーー悪人ーーに仏がある。

(昭和三十八年六月)