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三十九 寂しき悔 「九条 武子」

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法悦百景 深川倫雄和上

二十一 いのちの葉 「浅原 才市」
二十二 恋ごころ 「良寛上人」
二十三 世は夢 命は露 「良寛上人」
二十四 無邪気 「良寛上人」
二十五 大風のごとし 「物種 吉兵衛」
二十六 他力 「物種 吉兵衛」
二十七 許す母 「与謝野 礼巌」
二十八 修正会 「九条 武子」
二十九 親さま 「足利 源左」
三十 常不軽菩薩 「宮澤 賢治」
三十一 見聞知 「深川 倫雄」
三十二 仕えてぞ「行基 菩薩」
三十三 ひとの涙 「九条 武子」
三十四 くるしみの壺 「九条 武子」
三十五 この善太郎 「善太郎」
三十六 提婆尊者 「梁塵秘抄」
三十七 職業すなわち仏道 「兼好 法師」
三十八 寂しさの秋 「三木 清」
三十九 寂しき悔 「九条 武子」
四十 報恩講 「狐雲」
ウィキポータル 法悦百景

酔ざめの 寂しき悔は 知らざれど
似たる心と つげまほしけれ
             (九条 武子)


 武子夫人の歌の師は、佐々木信綱。九十一才で、この二日に亡くなりました。夫人のこの歌は、どうした時のであろうか。もてはやされたる後、威張り散らして自慢した後、人を悪く噂した後、人を疑い抜きたる朝、はげしく人を使いたる後、想う人に秘かに逢いたる後、長座をしたる帰り。

 夫人は酔いを知らない、うらやましいと思う。私は酒の酔いざめの寂しさが、いやさに酒をつつしむ。思えば酔いの最中の、あの思い上がりたるおごりの心よ。それに酒は、うましの味がするを、いかにせん。まさに悪魔にさそわれて酒量をすごす。どうぞ酒席にて、酒をすすめないで下さい。もういい、と一言いった時は、誰も、ここらでつつしもうと、思っている時。そんなら、そのつつしみの心を、満足させてあげるため、すすめることを、やめるがよい。それが本当の親切である。

 とは申せ、のみすぎはやはり本人の過(とが)である。だから悔がつよい。酒にかぎらない。自分の心の誘惑に負けたことが、残念なのである。悪魔の誘いである。節度を守ろうとする人を、そそのかすのも悪魔である。悲しくも心に弱い。どうぞ寂しき悔からまもりたまえ。

(昭和三十八年十二月)