「暗証 (あんしょう)」の版間の差分
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キャッシュカードやクレジットカード、買い物によってポイント(点数)を貯めるカードなど、数えると何十枚にもなるカードが、財布やバッグの中をにぎわせている方も少なくないでしょう。またカードの種類によっては、本人であることを証明するための暗証番号(四桁の数字)が必要なものもあり、これがなかなか厄介です。なぜならその番号を忘れてしまうと本人ですらそのカードが使えなくなったり、他人に読まれて不正に使われることにもなるからです。 | キャッシュカードやクレジットカード、買い物によってポイント(点数)を貯めるカードなど、数えると何十枚にもなるカードが、財布やバッグの中をにぎわせている方も少なくないでしょう。またカードの種類によっては、本人であることを証明するための暗証番号(四桁の数字)が必要なものもあり、これがなかなか厄介です。なぜならその番号を忘れてしまうと本人ですらそのカードが使えなくなったり、他人に読まれて不正に使われることにもなるからです。 | ||
2007年9月6日 (木) 15:04時点における最新版
キャッシュカードやクレジットカード、買い物によってポイント(点数)を貯めるカードなど、数えると何十枚にもなるカードが、財布やバッグの中をにぎわせている方も少なくないでしょう。またカードの種類によっては、本人であることを証明するための暗証番号(四桁の数字)が必要なものもあり、これがなかなか厄介です。なぜならその番号を忘れてしまうと本人ですらそのカードが使えなくなったり、他人に読まれて不正に使われることにもなるからです。
ところで、仏教語の中に「暗証の禅師」という言葉があります。「暗証」の<暗>とは<くらい>、<証>とは <さとり>、すなわち「坐禅ばかりしていてさとりにくらい(教えの理解に乏しい)禅僧」のことをそう呼ぶのです。ですから、現在私たちが、暗証番号という言葉でイメージするような、「自分であることを暗に証明する」という意味での暗証とは、かなり違いがあります。
ただ、仏教語としての「暗証」は、必ずしも禅僧に限ったことではないように私には思えます。というのは、ちょっと聞きかじっただけで教えを理解したと思い込んだり、自分一人の狭い殻に閉じこもってしまうような心は、私たち一人ひとりの中にもあるからです。そして、そのような自分の中の暗い心を教えによって照らしてくれるのが仏法です。
実は私も、忘れっぽい性格のせいか、自分の暗証番号をうっかり忘れてしまい、あわてたことがあります。それはひょっとすると、教えの理解に乏しい「暗証」な自分を忘れてしまっていたせいだったことが原因…? というのは、考えすぎですよね。
にれい・しゅうじ 登別大谷高等学校教諭(宗教) 月刊『同朋』2003年12月号より
出典と掲載許可表示(東本願寺出版部発行の月刊『同朋』)から転載しました。 |