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六十二 聞き場 「浅原 才市」

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法悦百景 深川倫雄和上

六十一 愛語 「道元禅師」
六十二 聞き場 「浅原 才市」
六十三 煩悩の過去 「九条 武子」
六十四 御報謝 「句仏上人」
六十五 無常の愛 「外村 繁」
六十六 甘受の法悦 「浅原 才市」
六十七 タノム 「宇右エ門」
六十八 汝を捨てず 「九条 武子」
六十九 おらあ とろいだで 「足利 源左」
七十 非常識 「臼杵 祖山」
七十一 罪の沙汰無益 「法然上人」
七十二 他力の信心 「憶念寺 良雄」
七十三 割れた尺八 「報専坊 慧雲」
七十四 うその皮 「浅原 才市」
七十五 心の豊満 「九条 武子」
七十六 中ぐらい 「小林 一茶」
七十七 亡き子は知識 「高楠 順次郎」
七十八 愚痴の妙薬 「浅原 才市」
七十九 恕しこそ救い 「聖徳太子」
八十 鑑真和上 「松尾 芭蕉」
ウィキポータル 法悦百景

あさましや さいちこころは あさましや
もうねんが 一どにでるぞ
にがにがしい あくのまぜりた ひがもえる
あくのまぜりた なみがたつ
あさましや ぐちのまぜりた ひがもえる
じゃけんもの あさましや とどめられんか
さいちがこころ くよくよと
おきるこころを たずねてみれば
てんにのりこす さいちがこころ

ここにちしきの ごけどうあり
これさいち ここがそなたの ききばぞよ
ありがとうござります
みだのほんがん なむあみだぶつ できたから
われがあんずることは ない

きけよ きけよ なむあみだぶつ ききぬれば
われが おおじょう これにある
なむあみだぶつは われがもの
       (浅原 才市)

聞き場

 信仰の門に立ちあゆみ進むと信仰の心は、次々に変る。そのときどきに、これこそ信仰の中心点だと思うのである。しばらくしてまた変る。御開山のお言葉の意味が、時々に変る。信仰の大切な曲り角がある。そこが聞き場である。曲り角は、曲ったものだけが、曲り角であったと知る。才市は大切な曲り角を、ここがそなたの聞き場という。どこか。わが心のにがにがしさを案ずる者に、われが案ずることはないという。心のにがにがしさを、案じつづけたのは、本願である。遠く深く案じて下されたことを聞くのである。

(昭和四十年十一月)