八十 鑑真和上 「松尾 芭蕉」
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若葉して おん眼のしずく ぬぐわばや
(松尾 芭蕉)
緑
初夏のよさは新緑である。葉がやわらかいことを知っているので、緑までやさしい感じである。したたるような緑という。新緑のこの頃は、全体が何かやわらかくみずみずしい好季である。鑑真和上のお像(すがた)も、唐招提寺の若葉の中で、殊に生き生きと拝されたのであろうか。
鑑真和上は支那の人である。約千二百年前、日本に招かれて海を渡りかけては嵐に遇って引き返し、五度失敗し、そのうちに眼、盲いて最初から十二年目に日本に来着し、日本仏教を指導した。日本に住すること九年にして、七十五才で寂された。いかにしても、海を渡ろうとしたこの方の意気に感じないものはない。盲目とは、この上もない不幸である。その不幸な盲いの和上は、遂に日本に上陸した。その時見えない目に涙をにじませて、この国の土を踏みしめ景色を想うたに違いない。
雫
鑑真和上をして、うまずたゆまず、日本へかり立てたものは何か。一個の仏者、鑑真の衆生に仏法をという深い慈悲ばかりであった。
おん眼のしずくは、和上の慈悲の涙。盲目からにじみ出るのである。やわらかい若葉でぬぐってあげよう。お辛うございましたねエ、和上さま。
(昭和四十二年五月)