六十三 煩悩の過去 「九条 武子」
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過去といふ またもかなしき 暗がりの
なかに空しく 今年も入るや
(九条 武子)
歳暮
貧乏人である私も師走となると少しあわただしい思いになる。今年も終るなァとい思いも次第に募る。何年かの歳の暮れをやって来て、今年の暮をその上に積みかさねるのである。いろんな人々とのおつきあいの一年であった。つきあいのなかには、けんかも含まれる。人はどこで育てられるのかといえば、おつきあいにおいてである。
おつきあいは、すべて快くはない。一年、一体何人と関係するのであろうか。この一年、おつきあいの巷にすぎた。憶えていたくないこともある。年の瀬に、にがにがしいことを思いだす。もう一度あってほしい快い思い出もある。総じて人の世の巷に生きて来たのである。そこで私なりに育てられた。決して清浄な一年に育てられたのではない。
過去
この一年は、煩悩の一年であって、煩悩の歴史にこそ、わが道場であった。昨年も、その前も、そうであったように、今年も、悲しき煩悩の過去であった。自らの業であって、立ち戻って繕うわけにわゆかない。過去とは、不分明な一団である。悲しく暗い塊である。そこに宝石の粒は光っていない。今年をそこへ送る。
(昭和四十年十二月)