五十六 しのびの殿御 「お軽」
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かどに たたした しのびの 殿御
ゆきに あはして おこかいな
(お軽)
門
六連島(むつれじま)のお軽さんが、美人であったと聞いたことはない。むしろ醜女であったようなイメージが、私にはある。しかしお軽は女である。
小野の小町は、美人であったという。そうでもあろう。深草の少将は、小町恋しさに魅かれて、忍び通いをする。毎夜毎夜通えども、仲々戸を開けてもらえない。夜の寒さに耐えて、夜毎たたずんだ。九十九日目の夜、門前で凍え死んだ。あわれな男の片想いである。小町はひどい女だ。男をして百夜も通わせて、中に入れずにやすんでいる。女の仕合せとは、そんなものかも知れない。恋いこがれてたたずむ男を、月が照らす。階(きざはし)に動かぬ影が一つ。風流である。
お軽もこの仕合せを思った。忍んで来た殿御がある。そっと、しかし熱く戸をたたく。引き入れようか、どうしようか。外は雪だ、親鸞聖人ならねども。
雪
私を想うてたたずむ殿を、雪の門前にほっておこうか。聖人は、石の枕に雪のしとねでやすまれた。広大なお方に想われて通われて、じれたお軽はそれでもあわぬ。雪にあわしていたわしや。お軽の驕慢自力は、如来様や聖人を、やすやす引き入れることはせぬ。驕慢のお軽を、雪に立っても想い続けて下さるとは。
(昭和四十年五月)