四十三 無我・極楽への道 「中 勘助」
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常に征服者となり 勝利者となることを
望んで生きていた 提婆達多の一生は
それだけに 高慢と嫉妬との 我に
悩まされなけらば ならない一生だった
(中 勘助)
我
中勘助は、大正九年小説「提婆達多」を発表した。提婆は釈尊のいとこである。解脱(さとり)への道を、わき目もふらず歩む釈尊に対し、呪いと憎しみの反抗をしたのが提婆である。
征服しようとする心のうしろに高慢があり、勝利を得ようとする心は、嫉妬から生まれる。勝とうとする心は、高慢と嫉妬とのドレイである。提婆は呪いと憎しみ、傲慢と嫉妬とに引きずられて、心の自由を全く失った。最も愛に飢えた精神の餓狼(がろう)であった。心の餓(う)えたる狼であった。その底なる執着が、我(が)である。我(が)に引きずられ追い立てられて、一生を送った人物が提婆である。
無我
さてわれらは、提婆とどれ程ちがうか。我(が)のゆえに勝とうとする心は捨てられない。勝とうとする心が生きてゆく力でもある。その心をやめるならば、社会の落伍者であろう。勝とうという生活意欲をもちながら、我(が)のドレイにならない道はないか。
心の自由を得たい、無我でありたい、それは極楽への道にある。
(昭和三十九年四月)