四十九 夢の王 「後白河上皇」
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あかつき 静かに 寝ざめして 思えば涙ぞ 仰えあえぬ
はかなくこの世を 過しては いつかは浄土へ参るべき
(後白河上皇)
王
後白河上皇が、今から約八百年まえ、いろいろの人達からあつめた、語りごとを綴って、今は『梁塵秘抄』といわれる書物を残されました。ですから、はじめの詞は、上皇御自身のものではありません。名もない人の思いです。後白河上皇は、源平のあらそいの頃の方で、親鸞聖人は、その頃生まれました。上皇は、源平の戦乱の中で腕をふるった立派な政治家でありました。王者の中の王者であったと言えます。
英雄は朝方が寂しいでしょう。昼間は英雄は忙しい、歓楽の夜は更け、酔いはさめ、人の音せぬあかつき、ふと、寝ざめる。王も英雄も、そこでは、たった一人の人間にほかならぬ。おれは何だ、へつらう者もねむり、美女もおぼえない。千軍万馬の大将の心の中に、寂莫の風が通り抜ける。人生は何か。
民
上皇は仏道に入って、法皇となりました。
はかなきこの世を 過ごすとて 海山かせぐと せし程に
万の仏にうとまれて 後生わが身を いかにせん
『梁塵秘抄』の歌です。うけた時間の長さは、王も民も同じである。王の昨日も民の昨日も同じ長さである。去ってしまえば同じだ。
朕が身 五十余年 夢の如し
万をなげすてて 往生極楽を望まん
(昭和三十九年十月)