五十四 帰る旅 「小泉 義照」
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楽岸は さぞ寂しかろう もう暮て
八十ちかく ゆきつまつたぞ
(小泉 義照和上)
ゆきつもる 夢の旅路も 苦にならぬ
この坂こせば わが家なりけり
(楽岸こと 藤岡 友二)
老
今年の正月、豊田町の上野さんが、小泉和上の写真を、大きくして持って来て下さった。小泉和上は、大へんありがたい和上でありました。沢山の方々が、お育てをうけた。上野さんもその一人である。和上は、昭和三十二年七十五才で亡くなられました。私はたった一度、御縁あって御来化をうけた。小さな弱々しいお姿でした。一度でも御拝眉を得た私は、仕合せであります。偉いお方に会い得ることは、無上の幸である。今ありがたい方、偉い方があれば、百里の道を遠しとせず、お会いしておくがよい。人は世を去ったらもう追憶でしか会えない。私は九条武子夫人を知らない。生まれおくれたのである。小泉和上の老後は、信仰に偽りはないかと、自らを考え、かつ人にも問うた老後であった。
帰る
凡夫をだますことは出来る。しかし、わが業はだまされぬ。人ごとではない。一切はおわる。この坂をこして帰らねばならぬ。まだ見ぬよそさまの家か、もう知っているわが家か。わが家に帰る。寂しき旅から、わが家に帰る。帰る家があるか。よかったなあ。
(昭和四十年三月)