「十八 華やぐ命 「岡本 かの子」」の版間の差分
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2016年10月4日 (火) 17:36時点における最新版
年々に わが悲しみは 深くして
いよいよ華やぐ 命なりけり
(岡本 かの子)
かの子は、昭和十三年、四十七才で亡くなった。東京郊外に生まれ、岡本一平と結婚した歌人である。一平は、日本漫画の先達であった。この歌は、晩年のものとはいっても、老人ではないわけです。
かの子は何か特別に、悲しいことを、この歌で示すのではない。人はどなたも苦労をおもちです。今は悲しい苦労の歌ではない。苦労と苦悩とはちがう。苦しみを重ねた人が、必ずしも宗教には、近づかない。悩みの心が、はじめてその人を、宗教に導く。特に何かの事件がなくても、宗教の智慧は、悩みをもつ。かの子の悲しみは、かの子の業苦の悩みである。
年々
年を重ねるということは、楽しいものである。女の年を多くいうと、怒る女がある。あの心は全く解せぬ。青春がそれ程よいものであろうか。
心貧しい美人よりも、年にもまして、心つややかな老女を美しいと思う。体はどうせどうせ偽っても、干大根のようになりますわいな。
老醜の人になるか、老熟の境になるか。いのちの華が、身と共に廃れるか、心と共に華やぎ咲くか。それは、若い今日を、悩んでゆくかどうかにかかる。せっかくの命をかみしめて、ふくよかな命に進みたい。
(昭和三十七年三月)