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二 みおやの涙 「九條 武子」

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Dharma wheel

法悦百景 深川倫雄和上

一 遠い純情 「九條 武子」
二 みおやの涙 「九條 武子」
三 小賢しき分身 「九條 武子」
四 いたき鞭 「九條 武子」
五 みずからの道 「九條 武子」
六 ほろびの玩具 「九條 武子」
七 御遠忌 「浅原 才市」
八 うそ うそ 「浅原 才市」
九 待伏の茶屋 「浅原 才市」
十 くよ くよ 「浅原 才市」
十一 歓喜の称名 「浅原 才市」
十二 夏安居 「浅原 才市」
十三 一隅を照らす 「伝教 大師」
十四 狐客 「古 謡」
十六 今を惜しむ 「兼好 法師」
十七 寝ずの番 「浅原 才市」
十八 華やぐ命 「岡本 かの子」
十九 閉された生涯 「俚 言」
二十 はすの花 「聖覚 法印」
ウィキポータル 法悦百景

百人の われに非難(そしり)の 火は降るも
一人のひとの 涙にぞ足る
        (九条 武子

母の

 林養賢という少年僧が、金閣に火を放った。驚きの朝があけて、京の街は悲しみに沈んでいた。戦争に打ち敗れたわれわれの、せめてもの誇りで金閣はあった。いや、金閣を焼かないように、戦争を負けてやめたのだ。  その母が、想いを昂げて、京都駅についた時、百人が百人、白い目をして見た。目で射た。射られながら街を通った。少年の前に立って、母は子を責めることができなかった。もう責めなくてもよかった。  翌日、母は肩をうなだれて、京を去った。山陰線で、金閣近くを通過し、嵐山の鉄橋を渡るとき、汽車から川へとんで、母は死んだ。泣いていたであろう。

父の

 凶刃と憎まれて、十七才の少年は、立派な政治家を殺した。戦争に打ち敗れて、われわれは自由を得た。いや、よい国に作り直すべく、戦争は負けてやめた。政治家は、働く者、貧しい者のために、機関車のように働いた。  人は、少年と凶刃のグループを怒り恨み罵った。その父は官を辞めた。と、少年は、自ら死んだ。その父は、・・・だが・・・かわいそうです、ともらしています。

仏の

 困難ではあるが、悟りへの道はある。智慧をみがく術もある。その道にゆき昏れ、その術に傷ついた、いずれの行も及びがたき身に、一人だけ涙をたれて下さるみおや。金剛堅固の力である。

(昭和三十五年十一月)