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一 遠い純情 「九條 武子」

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法悦百景 深川倫雄和上

一 遠い純情 「九條 武子」
二 みおやの涙 「九條 武子」
三 小賢しき分身 「九條 武子」
四 いたき鞭 「九條 武子」
五 みずからの道 「九條 武子」
六 ほろびの玩具 「九條 武子」
七 御遠忌 「浅原 才市」
八 うそ うそ 「浅原 才市」
九 待伏の茶屋 「浅原 才市」
十 くよ くよ 「浅原 才市」
十一 歓喜の称名 「浅原 才市」
十二 夏安居 「浅原 才市」
十三 一隅を照らす 「伝教 大師」
十四 狐客 「古 謡」
十六 今を惜しむ 「兼好 法師」
十七 寝ずの番 「浅原 才市」
十八 華やぐ命 「岡本 かの子」
十九 閉された生涯 「俚 言」
二十 はすの花 「聖覚 法印」
ウィキポータル 法悦百景

なにをもて なぐさめやらん かの日より
胸のいとしご おとろえゆきぬ
          (九条 武子)

純情よ

 そのころ乙女とよばれていた。紅顔の年というものである。 人はやさしく綺麗な心を貴び、美しい生活を作って行こうとするものに思っていた。 おとな達の狡猾なありさまを見聞きしては、あれはいけないことと思っていた。そうしては、自分の正しさを誇り、末ながく清潔であろうときめた。 不純は吐く程にいやらしいこと。

それに

 なのです。人を知り、人と交わって、もう年月、嘘をおぼえました。もっとひどいことには、人を疑うことを知りました。自分を疑う人を、怒りあざけったこともあるのに、人に疑いの目をむける。何とした、はしたないことであろうか。猜疑の猜という、みにくい字。もう何でも思い、何でもする。わたしはおとなになった。いたましい煩悩のもので、わたしはある。

償い

 かって胸に秘め、育て愛した、いとし子の名、疑いをしらぬ”純情”。衰えていったあの子を、どのようにして慰めようか。邪慳にされて、消え衰えた時、手をふって遠くなった。今は早、償うに足る心もない。

(昭和三十五年十月)