「十四 狐客 「古 謡」」の版間の差分
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2016年10月4日 (火) 17:36時点における最新版
青い芒(すすき)の 野にくれば 風に吹かれて 立つ波の
波のゆくえの 遠いこと 遠い思いの 野をゆけば
宵をほのかに 出る月の 月のすがたの 細いこと
細い出月の 芒野に 待ちも待たれも せぬ身ゆえ
素足 しろじろ 独り哭く
ある頃の流行歌であった。この謡を、節まわしでご存じの方は、ありませんか。
耶馬渓の奥の高原で、生い立った私は、芒の原のつれなさを過ぎた。背丈なす真萱の細道をゆけば、芒は頭の上にあたる。
所として小高い道は、その原を見はるかせる。霜月の風はもう寒い。その風は、颯々と吹く。ゆるい起伏のある高原で、低目高目に戦(そよ)ぎます。白銀よりも凄じい、むしろ青い、それは波である。
旅ゆく
遠い丘の穂並みが、きらりとゆれて、薄墨色に暮れる一人道。ものいわぬ十日の月がもの凄い。それは山の端から、ほとばしった赤い血の果てか。月も今宵は一人か。
狐客
愛と欲のからまり合った人間どうしの絆の中に、どの一本か、金剛なのがあろうか。ここは、一人旅の宿屋か道中か。待つ人もなく、待たれる身でもない。芒の道の遠いこと。
破れ沓は、足を包むにあらず。草の根もとの露にぬれて、素足が闇に白い。寂寥を哭く。旅である。
(昭和三十六年一月)