十六 今を惜しむ 「兼好 法師」
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されば道人は 遠く日月を惜しむべからず
ただ今の一念 むなしく過ぐる事を惜しむべし
もし人来つて 我が命 あすは必ず失わるべしと
告げ知らせたらんに きようの暮るるあいだ
何事をかたのみ 何事をか営まん
我らが生けるきようの日 なんぞその時節に異らん ・・・
無益の事をなし 無益の事をいい 無益の事を思惟して
時を移すのみならず 日を消し
月をわたつて一生を送る 最もおろかなり
(兼好 法師)
松の内
新年おめでとうごうざいます。俵山は、年越しの雪で迎えました。心を少しよそゆきにし、家族と挨拶し、両親を訪(と)い、人と盃を交わしました。逢う人毎に、おめでとうを言う中に、松の内はすぎて、も早五日。お正月、お正月と言いもし、思いもしている中に、自分だけとり残されたようで、世は平生の姿になって了(しま)った。もう今年が五日ほど過ぎた。消えた。
お前のいのちは、あす迄だと、人が来て宣告したら、のんびりはしていまいに。かねて無常ときき、言いもしていながら、無益のことに日を過ごしている。仏道を信ずる人は、日月を惜しむような、大様なことでは、いけないというのだ。
今の一念
刻々すぎてゆく、ただ今を大切にせよといわれる。ほんとうに、もう取り返しのゆかぬ日々刻々だ。つなぎ止められぬなら、止めておきたい今日、ただ今。ああ、今年も五日消えた。
(昭和三十七年一月五日)