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八十一 行動の人 「足利 源左」

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法悦百景 深川倫雄和上

八十一 行動の人 「足利 源左」
八十二 案ずるな 「浅原 才市」
八十三 仏恩深重 「親鸞聖人」
八十四 触光柔軟 「萬行寺 恒順」
八十五 おぼえている 「九条 武子」
八十六 自宗の安心 「満福寺 南渓」
八十七 忘れはてて 「親鸞聖人」
八十八 おぼつかない足 「九条 武子」
八十九 真の仏弟子 「善導大師」
九十 泥華一味 「浅原 才市」
九十一 睡眠章 「蓮如上人」
九十二 よろこびすでに近づけり 「覚信房」
九十三 表現の背後 「蓮如上人」
九十四 鍛えられざる精神 「無量寿経」
九十五 愚者の宗教 「鈴木 大拙」
九十六 念仏は感謝 「親鸞聖人」
九十七 冥から冥へ 「無量寿経」
九十八 今日の生 「九条 武子」
九十九 絶対絶命 「尾崎 秀実」
百 百代の過客 「松尾 芭蕉」
ウィキポータル 法悦百景

念佛にや しいらはないけつど
人間が しいらだがのう
しいらでも 称えなんすりや 実がいつでのう
             (足利 源左)

称名

 源左さんは昭和五年二月二十日、八十九才で死んだ。身長五尺四寸、手は特に頑丈であった。源左の早起は有名であった。一時か二時におきお正信偈をあげ、御文章を一つ読んだ。彼の声は美しかったという。お念仏は柔らかく澄んだ声で、鈴のなるように響いたという。

 智頭(ちず)の小学校で正栄寺のご院家さまが、子供達にお話をなさったことがあった。聖人のお得度のお話で、あすありと思う心のあだ桜、という歌が話された。子供達と一緒にきいていた。源左は大きな声で、なまんだぶ、なまんだぶ、と称え出した。子供達はどっと笑った。

 田中國三郎校長とご院家さまは、子供達をきつく叱った。叱られる子供達はしゅんとした。その時また源左は、なまんだぶ、なまんだぶ、と称えた。生徒はまた笑った。先生は叱った。源左は称えた。止めなかった。生徒はますます笑った。ますます叱った。ますます称えた。そうして会はおわった。学校はお念仏がはやった。

 源左の師匠寺は山根寺の願正寺、現住職衣笠一省師が集めた源左の言行録がある。この本は何度も読むがいい。源左は行動の人であった。行動には他力の深信(じんしん)があった。真実の信心は、必ずお称名を伴う。

(昭和四十二年六月)