二 みおやの涙 「九條 武子」
提供: Book
百人の われに非難(そしり)の 火は降るも
一人のひとの 涙にぞ足る
(九条 武子
母の
林養賢という少年僧が、金閣に火を放った。驚きの朝があけて、京の街は悲しみに沈んでいた。戦争に打ち敗れたわれわれの、せめてもの誇りで金閣はあった。いや、金閣を焼かないように、戦争を負けてやめたのだ。 その母が、想いを昂げて、京都駅についた時、百人が百人、白い目をして見た。目で射た。射られながら街を通った。少年の前に立って、母は子を責めることができなかった。もう責めなくてもよかった。 翌日、母は肩をうなだれて、京を去った。山陰線で、金閣近くを通過し、嵐山の鉄橋を渡るとき、汽車から川へとんで、母は死んだ。泣いていたであろう。
父の
凶刃と憎まれて、十七才の少年は、立派な政治家を殺した。戦争に打ち敗れて、われわれは自由を得た。いや、よい国に作り直すべく、戦争は負けてやめた。政治家は、働く者、貧しい者のために、機関車のように働いた。 人は、少年と凶刃のグループを怒り恨み罵った。その父は官を辞めた。と、少年は、自ら死んだ。その父は、・・・だが・・・かわいそうです、ともらしています。
仏の
困難ではあるが、悟りへの道はある。智慧をみがく術もある。その道にゆき昏れ、その術に傷ついた、いずれの行も及びがたき身に、一人だけ涙をたれて下さるみおや。金剛堅固の力である。
(昭和三十五年十一月)