七 御遠忌 「浅原 才市」
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ごをんきがきた 上(じょう)どからきた ・・・
あんらくじのごをんき しゃばでつとめる
ごかい三のごをんきわ さいちが ごをんき
ごかい三ともりやいよ ごをんきわ ごをんほうしゃの
なむあみだぶつ なむあみだぶつ
ごをんきわ よいものよ ごをんきに
にょらい三の さいちがにょうぼにして ごせゆての
まいばんさいちわ にょらい三とねるげなよを
しまいにわ 上(じょう)どいむこをにいくげなよ
さいちわ ゑゑことしたの
(浅原 才市)
御遠忌
今年、生きていることのうれしいことよ。今年、御遠忌にあうこと、この世でこの年に生きていること、日毎日毎がうれしくありがたい。私、俵山の人達とこの年を待ち、この月を待ち、この日を待ちました。
三月十二日朝、京都についた時、私は京都に来たと思った。ご開山さまの土地に来たのです。御遠忌の、その地に来たのです。お迎えの方が、萬里の遠路をしのぎ、莫大の辛労をいたして上京の方々、名聞人並ではありません。信心と御報謝の思いが大切でありますと、ご挨拶。さようさよう、ありがとうございます。
私のもの
俵山からのつれは九十人です。その中、夫婦は十三組です。平均年令五十四才、十二日朝八時、本願寺前に着き手際よい導きに従って、堂内に進みました。
御影向
広大な増設参拝席、真新しいたたみ。私の目を喜ばせ、私が御遠忌をつとめるために、立派にお待受けがすすめられたのである。御影堂内に着座、金障子が開かれると、輝くお荘厳です。明るい照明の中で、大蝋の焔が六つ、もの言うがごとくゆらめく。お供え二十六対、内敷の近代的模様、目もさめるお花、その中に、祖師は静かに御影向である。
十時喚鐘。椽儀(えんぎ)が参進する。衆僧着座。お供えが、讃仏歌の中で伝供される。
たとい大千世界に
満てらん火をも過ぎゆきて
仏の御名(みな)を聞く人は
永く不退にかのうなり
ひびきわたる讃えのうた。ああ、ああ、今ぞ御遠忌が来た、お浄土から来た。御開山さまを乗せて来た。御開山さまが、お浄土をつれておいでた。
お祖師さま、おいでなさいませ。私もただいま参りました。暫く一緒に、お前に居らして頂きます。ご開山さま、あなた、今日はもやいの御遠忌でございます。
何という嬉しい、この日この時、私の御遠忌、お祖師さまが、迎えに来て下さった御遠忌、御遠忌。
この道
お祖師さま、あなた様、随分お辛うございましょう。ご開山さま、あなたがこの道を切り拓き、歩んでくださったので、私も御跡を歩めます。ありがとうございます。如来さまから呼びかけての南無阿弥陀仏であると、あなたは教えて下さいました。
ああ、この道、御開山さまの道、親鸞さまの道。ええことをした、この人に会うた、この人の道を聞いた。如来さまに会う道、会うた、会うた。
(昭和三十六年四月三日)