聖典による学び (2)

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聖典による学び 梯實圓和上

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聖典による学び_(4)
真仮論の救済論的意義
教行証文類のこころ
親鸞聖人の生命観
ウィキポータル 梯實圓

 ところで、私どもがものを考える時に必ず従わねばならない基本的な法則がありますね。思考の法則があるでしょう。ギリシャ以来、私達がものを考える時には、必ずその思考が守らねばならない法則があります。自明の法則があります。それは、AはAである(A=A)という、いわゆる自同律ですね。

 AはAである、従ってAはAでないものではない、Aは非Aではないという矛盾律が成立します。そしてAと非Aとの間に中間は存在しないという排中律と合わせますと三つの法則になりますが、中心は自同律と矛盾律でしょうね。それは私は私であるという事と、私は私でないという事と、これは矛盾します。ですから、AはAであるということ、これは守らねばならない約束事です。

 とにかくAはAである。Aは非Aでないというと、これはものを考えるときには必ず守らねばならない法則です。このAと非Aを「有る」と「無い」といってもいいですね。「有」と「無」これは決して両立しない事柄です。ところで悟りの境地は、一切の束縛から解放された境地であるというので「解脱」の境地ともいいますが、「和讃」にはその境地を

解脱の光輪きはもなし
 光触かぶるものはみな
 有無をはなるとのべたまふ
 平等覚に帰命せよ

 というような言葉で讃嘆されています。それは「有無」をはなれた境地であるというのです。

 「有」というのは「有る」であり、「無」というのは「無い」であって、判断でいえば、「・・・・である」という肯定と「・・・・でない」という否定ですね。これの両者を超えている、これが解脱とか、悟りというものだ、こう言われているわけです。

 だからどうゆう事かといいますとそこではAはAであるという形でものを考えないということです。しかしそれではものが考えられないじゃないかといわれでしょうが、実は本当に具体的な存在は「AはAである」という考え方では捉えられないということを顕しているわけです。

 「AはAである」ということは、具体的には「私は私である」という事でしょうね。これは言葉でいいますと「私」は「私」であるといったら同語反復のようです。ところが少し違う、我々が具体的に「私は私である」といった時には、「私」は「私」以外の者ではないと強調しようとしているわけです。

 だからどうしたのだといったら、「私」は人とは違った「私しか生きられない私の人生を生きるのだ」といいたいわけでしょう。ここで「私は私である」といった時には、「私は私でないものではない」ということを通して、だから、「私は私である」といった時には、この初めの「私」(主語)と後の「私」(述語)とでは自覚内容が違っております。

 そうすると「私」は「私」であるといった時には、ただ同語反復しているのではないのです。だから「私」は誰の生き方でもない「私」の生き方をするのだ、という自覚と自立を顕わしています。

 そうしますと初めの「私」は自覚以前の「私」、それを「私である」といった時の後の「私」は自覚し自立している「私」ですから明らかに「私」の内容が違っています。そうすると初めの私(A)と後の私(A)とは違いますよ、つまり「私でないもの」(非A)を媒介とする以前の私(A)と、私でない(非A)というものを否定的に媒介して成立した後のAとではAの内容が違うということになりましょう。

 違うとすれば、Aは非Aであるということになりましょう。これが現実にあるものの姿なのです。つまり現実に有るのは、AはAであるというだけでは表せない内容を持っているということになります。そうするとAはAであって、非Aではないと云う論理は崩れていくということになりますね。すこしややこしくなってきました。

 お釈迦さまがおさとりになった境地というものは、AはAであって、決して非Aではないという論理では表せない領域であったのです。その意味では不思議といわねばなりませんが、実はそれが、もっとも具体的な、もののあるがままの姿を見極めておられたのだといわれています。

 そこでその境地を真如(本当にあるがままのありよう)とも実相(まことのすがた)ともいわれているのです。

 しかしそのような領域は、人間の分別的な思考では捉えることが出来ませんから、無分別智の領域であるともいい、二元的、対立的な言葉では言い表すことも考えることもできませんから一如ともいい、不可思議、不可説ともいいならわしてきたのです。

 お釈迦さまのお経というのは、そのようなおさとりの境地に立って、その境地に私たちを導くために説き表されたものですから、言葉を超えた世界を告げる言葉であるといわねばなりません。私がお聖教の言葉は、私どもが日常使っている言葉とは質が違うともうしましたのはその故です。

 お釈迦さまがおなくなりになって数百年たった西暦二・三世紀頃に南インドに龍樹菩薩が出現されて、私ども人間がその知性によって概念的に把握している世界というものは、実は分別が作り上げた虚構の世界だといい、私どもは自分が概念によって作り上げた虚構の世界を、言葉によって作り上げた虚構の世界をまるで実在であるかの如く考えて実体視し、とらわれて身動きが出来ないような状態になっている。それを迷いという。  この妄念を突き破るために如来は言葉を設けて呼びかけておられるといい、「諸仏は、二諦によって法を説く」と云われています。

 二諦というのは、真諦と世俗諦のことです。真諦とは、一切の分別を超え言葉を超え離れた悟りの境地そのものをいい、その真諦を分別的な言葉で言い表して人々と接点を持ち、救うていくために教えを説くことを世俗諦というのです。つまり言葉をもって言葉を超えた世界に導くのが経典であるというのです。

 お経を読んでいると面白い言葉が沢山出てきます。たとえば『金剛般若経』などには、「仏は仏でないから仏である、衆生は衆生でないから衆生である」というような言葉が幾らでも出てきます。AはAで無いからAであるというのですから、もう「AはAである」というような形式論理学ではどうしようもない表現が用いられているわけです。

 鈴木大拙という方は、これを「般若即非の論理」といわれていますが、まさに、人間の概念的に物事を理解していこうとしていることに対する、破壊的な表現であるといわねばなりません。しかし先にも申しましたように、概念的にきちっと分別すれば、ただしく物事が捉えられるかといえば、どうもそうではないところがでてきます。

 「種が芽になる」とこういいます、この言葉は当たり前の真理を言い表していると誰でも承認することです。種を因とする、そして芽を果とします。因が果になる。これは自明の事のように私達は考えています、果たして具体的な存在というのはそんなものなのでしょうか。

 例えばここに一個の大豆があるとします。この大豆は種であるといえましょうか。もし芽が出なければ種ではないのですよ。煎り豆も、煮豆も大豆ですが、種では無い。

 それは発芽能力が無くなっているからです。これははっきりしますね。つまり発芽能力を持っているから種なのです。発芽能力を持っている事はどうすれば分かりますか、それは発芽しなければ分かりません。種が種であり続けたら種ではないのです。種は種で無くなって、芽にならなければ種ではない。つまり種が芽になるといいますが、芽にならなければ種ではないわけです。つまり種が種でなくなったとき種であることが分かるわけです。そしてその時にはもう芽になっているのですから、種はなくなっています。

 つまり具体的にあるのは大豆であるか、それか大豆の芽であるかのどちらかです。二つは一緒にはありません。そんな事をいっても芽に豆の殻が付いているじゃないかという人がいるかも知れませんが、あれは殻です。あるのは大豆であるか、それとも若芽であるかです。

 その大豆である状態を種と名付け、若芽である状態を芽と名付けて、これを因と果の関係に置いたのは、これは実際に現実には存在していないものを思い浮かべて、そして意識の中で並べただけなのです。現実には存在しません。こうして因が因で有り続けたら因ではないのです。因は因で無くなるから因なのです。それを「仏は仏でないから仏だ、衆生は衆生でないから衆生だ」というような言い方をするのです。

 また因と果が同じものだったら因とも果ともいえません。だけど違ったものであったら因果は成立しません。何の因か、何の果かわかりませんから。石ころは木の因にはなりません、石ころを幾ら植えて置いても芽は出ません。因と果が違ったものだったら因でも果でもない。従って因と果というのは同じものであってもいけないし、違ったものであってもいけない。ところが同じでもない、しかし異なったものでもないというようなものはかんがえられません。

 考えられないけれども、因果と云うことが成立する以上、因と果は同じものであってもいけないし、異なったものであってもいけないという事実があるわけです。もののあるがままのありようは分別的な知性によっては把握できないということになります。こういうことを如来さまはおっしゃっているのだと云われたのが龍樹菩薩の『中観論』という書物なのです。

 私がこんなややこしいことを申しましたのは、「お聖教」というのは聖者の聖智から出てきた、聖智とは根本的には無分別智で、生と死を超え、愛と憎しみを超え、存在と非存在とを超えて、すべてを平等一如と受け取ることの出来るような智慧であるといいましたから、それを少し説明させていただいたわけです。

 そして、そういう無分別一如の視野を開いたところから、今度は逆にそれを人々に伝えるために言葉を用いられるわけですが、そのような無分別の分別を世俗諦と龍樹菩薩はいわれたわけです。それをまた無分別智の後から成立する智慧ですから後得智とも権智ともいいます。

 つまり聖典は後得智の産物なのです。そこに、人間の虚妄なる分別から出てくる言葉や、書物と「お聖教」とは本質的に異なっているということを申したかったわけです。そこで仏道を求める者は、このお聖教を導きの光と仰いでいきます。何事を決めるにも必ずお聖教を拠り所にして行くわけです。そのことを仏教では「聖教量」といい、仏道を求める者が第一に心がけねばならないこととされています。

 ところで、言葉を超えた領域をあらわすのに言葉がつかわれるわけですが、言葉を使う以上言葉の法則に従わねばなりません。しかしただ言葉の法則に従ってばかりいたら言葉の世界、分別の世界になってしまいます。それでは言葉を超えた世界を表現する事は出来なくなります。そこに大変な難しさがあるわけです。そういう困難を克服していく智慧が後得智なのです。これがないと仏教にはならないことが分かりましょう。釈尊の教説というのはそういうものなのです。

 だからその言葉は言葉の約束を守りながら、突如、言葉を超えていくような尋常でない表現が使われるわけです。つまり言葉を超えさせるような言葉が用いられるのです。生と死を、愛と憎しみを超えさようとして、私どもの想像もできない世界を説き開いて見せて下さいます。そういう言葉を、共感を持って聞き開いていきますと、生と死の惑いが解かれ、愛と憎しみを溶かしていきます。そうゆう言葉を説いた書物を「お聖教」というのです。

 「お聖教」は、言葉を超えた聖智の世界から言葉となって我々に届いてきた、ということを無着菩薩は『摂大乗論』に「最清浄法界等流」という言葉で表されています。浄土真宗の七高僧の一人に天親(世親)菩薩と言う方がいらっしゃいますが、その方のお兄さんが無著菩薩です。この兄弟は瑜伽行派と呼ばれる大乗仏教を大成された方々でして、インドの大乗仏教の代表者を三人挙げろといわれたら龍樹と無著と世親でしょう。その無著が『摂大乗論』という名著を書いている、これは素晴らしい書物です。

 私など読んでもよく分かりませんが、その『摂大乗論』の中に「最清浄法海等流」と説かれています。
 この言葉を弟の世親菩薩が註釈をされまして『摂大乗論釈』という、これまた名著をお書きになっています。この『摂大乗論釈』の中に、これが「お聖教」なのだ、という事をおっしゃっています。「最清浄法海等流」「最も清らかな真理の領域から流れ出てきた言葉、それが「お聖教」である」という風におっしゃっているのですね。「清らか」というのは煩悩の手垢が付いていないということです。

 先程申しましたが私が考えた時には何時でも私を中心にして考えるから、そこで私にとって都合が良いとか、都合が悪いとか色分けをします。それはいけないことだと分かっていてもなかなかやめられるものではありません。というのはそういうように自分を中心にしてものを考えるということから離れられないのが人間の性分だからです。

 早い話が「私は今ここであなたがたにお話をしている」といっても誰もおかしいとは思われないと思います。日本語として正しいでしょう。しかし良く考えてみると「私」といい、「あなたがた」といいますが、実はこれは私から言った言葉で、「あなたがた」などというものは存在しませんよ。実は一人一人私という個性豊かな方ばかりがいらっしゃるのです。しかし「あなたがた」と十把ひとからげで呼べば、一人一人の歴史も個性も何もかも捨象してしまって「あなたがた」という言葉の中へ纏めてしまっています。実に無礼千万ですね。

 一人一人がかけがえのない自らの「いのち」を生きていらっしゃるというようなことはすっかり捨象してしまっているわけで、いわば影のような存在にしてしまっています。その上ここに居ない人達は、彼等という言葉でくくってしまいます。そこで私、あなたがた、彼等、つまり我と汝と彼というふうに分節をしてしまいます。これはしかし実に便利な言葉ですね。その言葉の便利さに曳かれて、私どもは、一人一人のかけがえのない「いのち」を見失っているのではないでしょうか。

 そしてまた私は「ここ」といいましたが、「ここ」とは私のいる所を意味しています。私の居ない所は「そこ」「かしこ」です。それも今いるところが「ここ」で、先程までいたところはもう「そこ」です。だから「ここ」というのは、いま私のいる所です。つまり私を中心にして空間を分節している、座標軸の原点に私がいるわけです。それも可動的原点、いつも動いている原点です。

 そして私のいる時を今といい、私が既にいなくなった時を過去と名付け、未だいない状態を未来と名付けている。過去とか未来とかが存在するのではない、絶えず今・今・今・・・・と持続している私がいるわけです。過去の私なんて存在しないし、未来の私なんて存在しないですね。それは今の私の記憶と期待の状態なのでしょう。

 私は今日は大坂から本願寺へ、今日は本願寺で宗会議員の追弔会がありまして、それに列席しまして、そしてここへ来たのです。

 ですから一分程遅れました。とにかくあちらへ行ったりこちらへ行ったりしていましたけれども、私はありっきりは今ここにいます。半分を本願寺に置いてきた訳では無いのです。全部ここに来ている、これでありっきり。

 つまりこの瞬間の私、これでありっきりの私なのです。あなたがたも全部ありっきりここにいらっしゃる、それ以外には存在しない。しかも一瞬一瞬全く新しい私が存在しているのですよ。

 既製品の私なんてありはしない、誰も生きたことのない「いのち」が一瞬一瞬生きられている訳です。まさに真っさらです、そういう状況なのですね。其の中で私達は自分を中心とした時間軸とか空間軸を作り出して、自分を中心とした世界を描き出しているわけです。自己中心の想念と言葉によって虚構しているのです。

 そういうものを突き抜けた領域を「最も清らかな法界」というわけです。それは人間の煩悩の手垢が全く付かない、ものの在るが侭のあり様が顕現している世界ですから、最も清らかな真理の領域というわけです。そこから流れ出てきた言葉を「聖教」と言うのだと天親菩薩がおっしゃっている訳ですね。そうゆう言葉が私どもの心にしみ通ることを「聞薫習」といわれています。私達はその教えを幾たびも幾たびも聞き、聞薫習を受けて、呼び覚まされ、自分の虚構に気づかされ清浄法海に導かれて行くわけです。それを仏道というのです。

 その意味で「聖教」というものは根源的に仏陀の言葉ということになります。しかしそういう仏陀の言葉に呼び覚まされて、悟りの領域を確認し、私どもに伝えてくださった多くの先達がいらっしゃいます。それらを一括して「聖教」とは、経・論・釈をいうということが出来ます。経とは、仏陀釈尊のお説きになったものをいい、論とはお釈迦様と同じインドに出現された聖者達が、お経の心を解り易くときしめされたものをいい、釈とは、中国や日本の祖師方が、経論の心を解釈された書物のことです。

 実際仏教の歴史を見てみますと、お釈迦様だけでは無くて、インドでも、中国でも、日本でも素晴らしい方々が次々と現れてきて、そのお釈迦様の教えの真実を立証して下さっています。仏教徒は、教主釈尊を尊んで、仏陀は釈尊だけであるとしていますが、インドでも、中国でも、日本でも、仏陀(真実に目覚めた方)といえるような方々がたくさんいらっしゃったといってもいいでしょうね。

 インドにでられた龍樹菩薩や天親菩薩、中国にでられた曇鸞大師、道綽禅師、善導大師など、日本にでられた源信僧都や法然聖人などは、まさにそれぞれの民族の中に出現された仏陀であったといっても言い過ぎではないというのが親鸞聖人の受け取り方でした。そして私どもからいえば、親鸞聖人ご自身が、日本民族が生んだ特異な仏陀であったと讃仰せずにおれないのです。『高僧和讃』に善導大師の徳を讃えて

大心海より化してこそ
 善導和尚とおはしけれ
 末代濁世のためにとて
 十方諸仏に証をこふ

  と讃嘆されていますが、「大心海」というのは阿弥陀仏の永遠な智慧と大悲の世界をさしていますから、聖人は、善導大師は浄土から顕現してきた阿弥陀仏の化身であると見ていらっしゃったことがわかります。また法然聖人の徳を讃えて

智慧光のちからより
 本師源空あらはれて
 浄土真宗をひらきつつ
 選択本願のべたまふ

 といわれた時には、阿弥陀如来の智慧の光が法然聖人となって私を導いて下さるというのですね。あるいは「源空勢至と示現し、あるいは弥陀と顕現す」とまでいわれております。そうすると実はあの方々は最清浄法海から等流してきた人達であり、その言葉もまた最清浄法海から等流してきた言葉である、と見られておったと言えるでしょうね。

 こうゆう人達の言葉に遇えたという事を親鸞聖人は喜んでいらっしゃるのです。『教行証文類』の「総序」に、

 ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしい哉、西蕃・月支の聖典、東夏・日域の師釈に、遇ひ難くして今遇ふことを得たり、聞き難くして已に聞くことを得たり。

 といわれています。遇ひ難くして遇い得た、聞き難くして聞き得たと深い感動を述懐されているわけですが、親鸞聖人にとって何が一番感動的であったかといえば、仏祖の素晴らしい言葉にあわせていただくことが出来たということであったわけです。それは、私の生と死を支え、愛と憎しみを超えしめてくださる、そんな素晴らしい言葉にあいえたことこそ私にとって今生の思い出であるというのですね。これが「遇ひ難くして今遇ふことを得たり、聞き難くして已に聞くことを得たり」という感動です。

 ちなみに、ここで親鸞聖人は「慶ばしい哉」とおっしゃる時に「慶」という字を書いていらっしいます。普通の日本語では「よろこぶ」ですが、それを親鸞聖人は、「歓喜」と書いて「よろこぶ」といわれる場合と、「慶喜」と書いて「よろこぶ」といわれるときとがあり、その「よろこび」の内容を区別されていることに注意しておかねばなりません。『一念多念証文』や『唯信鈔文意』などで、しばしばおっしゃっていることです。

 すなわち「歓喜」も「慶喜」もともに、身も心も深いよろこびに満ちているじょうたいをあらわすわけですが、そのよろこびを歓喜といった時には「うべきことをえてんずと、かねてさきよりよろこぶこころなり」(『註釈版聖典』六七八頁)と定義されている、未だ実現していないけれども素晴らしい事柄が実現することに決まった、それを先取りしてよろこぶ、その時には歓喜というのだ。だからこれは未来形のよろこびです。

 それに対して慶喜というのは「うべきことをえてのちによろこぶこころなり」(『同右』六八五頁)或は「信心をえてのちによろこぶなり」(『同右』七一二頁)といわれています。既に実現している事柄をよろこぶ場合に使うといわれているのです。これは現在形です。或は現在完了形です。『教行証文類』で親鸞聖人は自分自身のよろこびを述べられる時は必ず「慶」の字を使っておられるということを注意しておくべきだと思います。

 「慶ばしいかな」というのは「うべきことをえてのちによろこぶことば」であって、既に私の上に実現している救いをよろこんでおられるわけです。それが「遇ひ難くして今遇ふことを得たり、聞き難くして已に聞くことを得たり」ということです。お釈迦様のお言葉、祖師方の御教え、この仏祖の御言葉に遇えた事が私にとって最高のよろこびであるというわけです。これはやはり「聖典・聖教」という深い「いのち」の言葉に触れた人だけが持つ感動なのです。これが救いなのです。死せるものを甦らせるような「いのち」の言葉に触れて感応道交しているすがたが信心であり念仏なのです。

 「お聖教」というのはそういう性格のものであるとして、では親鸞聖人はどういうものを「お聖教」と指定されたのか、そして我々はどうゆうものを「お聖教」として味わうべきなのか、さらに「お聖教」に対してはどういう態度を取るべきかということをお話をしたいと思います。

聖典による学び (3)