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明治三十七・八年の日露戦争 86

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明治三十七・八年の日露戦争から昭和二十年の敗戦まで四十年。戦後はすでに四十三年。時の過ぎゆきの速さを思います。ところで、終戦記念日前後の七・八・九月頃は、例年湧きくるように戦争の歌が新聞に寄せられます。

軍令に 反きし兵に 引き金を
引きし戦友(とも)逝く 妻にも秘して  (水沢市 千葉 幸男)

これは朝日歌壇に見た歌です。

人類の大罪というべき戦争は、大きな深い傷痕を、兵士の胸に刻みます。歌の作者の戦友が、近頃死んだ。彼も我も、かって若く兵たりし時の苦く辛い記憶を胸に持っていた。

軍の命令に反(そむ)いたとて、仲間の兵士に向けて銃の引金を引いた。爾来四十年余、脳裏に焼きつくこの光景は、吐き気を伴う夢に顕(た)って、今に失せはしない。そうして、彼も我も互いに語らずして四十年、胸の奥に埋めたまんま、このこと妻にも秘して、彼は死んだ。

俵山西念寺の深川倫雄和上の仰せに
”人は心をカプセルにして生きる。夫婦・親子すらが、時にその内側に立入るのを拒むものを持って、それをカプセルの内に包む。このカプセルの内奥(おく)にあるものに分け入るは、唯、弥陀の大悲あるのみ”
と、お聞かせいただきました。

ともあれ、時に他人の立入るのを拒み、時にこの心、人に理解して欲しいと思いもする、凡夫有情の実情。

如来の作願をたずぬれば 苦悩の有情をすてずして
回向を首としたまいして 大悲心をば成就せり
親鸞聖人のこのご和讃を、声に出して二度三度読んでは、我とわが耳に聞いてみます。


藤岡 道夫