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女の人の一日は朝の仕度で始まります 133

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女の人の一日は朝の仕度で始まります。炊飯器のご飯・ポットのお湯を確かめて、ミソ汁の実を刻む。漬物をあげる。よそう・注ぐ・並べる。洗うて伏せて片付けたら、濯いで干して、掃き出して拭く中に、朝は過ぎます。

取り入れて畳んでアイロン掛けながら、夕飯の献立を考える。そうする中にもあれを遣いきってた、これも残り少ないと心付くまま買物のメモなどをします。 クリーニングが届いたところで、タンスの整理を思い立って、やれま、なんと忙しいことと独りつぶやいたり、などなどなどなど。

妻の煮し マーマレードも 今朝終る
すくなき縁 また一つ絶ゆ

と妻に先立たれた男の悲哀の歌にした、並川渉さんの奥さんは、死にゆく身の予感をもって、後に残る男やもめの夫の身辺に、あれこれ気配りの言葉をかけました。

家事万般見事に出来ずとも、せめて朝夕の仕度がかなうよう、またむさいな身なりにならぬよう、夫に連れ添う幾年月、ずうっと気遣うてきた経験のあれを言い、これを告げ、そうして逝った。逝ってしもうた。そこを、

貴方もし 残らばああせ こうせよと
言はれしを何も 覚えておらぬ

とも詠んで、妻の一生のはかなさと、取り残された男の”独り”の悲哀をこぼします。

イミ・ネウチの実りなく、女の一生にユクエ見えず”空しく過ぐる”と如来(おや)さまがお哀しみの命の様相が露出いたします。

本願力に遇いぬれば 空しく過ぐる人ぞなし

と葬式のご和讃は讃われます。ナンマンダ仏の如来(おや)さまが、今や空しい過ぎゆきの命に宿り、流転を止めて下さいました。あなた、よかった、涅槃(さとり)に往きつく命ですねと讃います。


藤岡 道夫