六・四・三・一 32
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六・四・三・一、これは鳥取県の港町・賀露に、今も魚の行商をする山田輝子さんが、ご主人に死に別れた折り、手許に残された四人の子供達の年令です。六つ四つ三つそして一つ。それからの日々、港の町から村々をめぐって行商四十年、休みとてない年月が過ぎます。
おしん終り 客の出づるを 待ち待ちて
魚つむ車に すべなくおりぬ
一昨年はテレビドラマ、おしんに湧きました。魚売りの朝は早い。八時にはすでに山の村に行っています。おしん放送の間、車に寄りつく人はない。見終わって出てくる客を車で待ちます。所在もなく待ってます。
業終えて 部屋にくつろぎ 見るおしん
わが生きざまの 沓き日の顕つ
山田さんも、おしんを見る。行商を終えて昼からの再放送を見ます。するとおしんの魚行商の様子に、自分の商いの姿が重なります。若い折からの、子を引き連れて、辛苦艱難の痛切な思いが胸に湧き立ち、涙はとどめもありません。
彼岸会の 席にかしこみ 掌につきし
うろこひそかに はがしつつおり
今日は彼岸のご法要。山田さんもお寺のご縁に会いました。魚売り終えて急いでごはんをかきこんで、お聴聞の座に連なりました。
なんまんだぶ、ナマンダ仏、お説教を聞き乍ら、ふと掌についた魚のウロコが眼につきます。かきはがし乍らも、なまんだぶつ。
幼子四人伴うて、食べさせてやらねば、着させてやらねばと、懸命に生きしのいでの四十年。今も行商に出るとは言え、既に老境、子供四人夫々(それぞれ)所帯をもち離れ住みます。山田さんは独りの住居。ここにナンマンダ仏の親さまがご一緒してくださいます。お浄土までご一緒してくださいます。
藤岡 道夫