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中国新聞に高齢化時代”明日を生きる” 46

提供: Book

中国新聞に高齢化時代”明日を生きる”という特集が連載されています。

三月の月初めのある日、アル中で精神病院入院中の、六十才の男の人の事を報じています。

自他共(みんな)が認める真面目人間。定年前コツコツ貯めたお金で、檜造りの家を新築。借金はありません。定年の時、退職金を丸々貰うて、年金と併せて悠々自適の暮らしに入りました。

生涯張りつめて働き通した上の、老後の楽しみが盆栽いじり。朝の一仕事をしては、好きな酒をちょいと一ぱい。昼にも一と仕事のあと一ぱいとやる中に、やがては夜昼なしに酒びたり、アルコール依存症、中毒へ一直線。そして病院の鉄格子に閉じ込められました。いじらしい程の愚かしくも悲しい話です。

迷いの有情・凡夫の常として、たとえ天上界の果報を恵まれても、気儘な境界に執着して、快楽にふけっては忽ち転落して、悪所に沈みゆく煩悩境界の有様。こうして地獄餓鬼畜生の三悪道の衆生は多くとめどないと、安楽集という書物に説かれます。その典型をこの世に見ます。

お三部経に、或いは長者トナリ、居士トナリ、豪性トナリ、尊貴トナリしてと、み仏の功徳・お慈悲の組みあげぶりが告げられます。ここを深川倫雄和上は仰言います。

”阿弥陀さま法蔵菩薩におかれては、一つとして苦悩の群生の境界にならずということなし。

法蔵菩薩から阿弥陀さまへおなり下さるお姿が、私の救われるお法です。それはひたすら私へ私へと行われます。私をひっかるうて、救う願いの初端から、ナンマンダ仏のご成就まで、その中味全体ありったけ私の事だらけ、たっぷり私を含みこんだ、ナンマンダ仏の親さまです”と承ります。


藤岡 道夫