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すでに廿七年隔たりました 43

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すでに廿七年隔たりましたが、昭和三十五年二月、縁あってこの大光寺に入りました。結婚して寺に入る。二つながら、私の人生の大きな区切りの年であります。

ところで今一つ、この昭和三十五年は、生涯を決する画期的な年であります。 それは恩師、俵山西念寺の和上・深川倫雄先生の声咳に初めて接し得たことでした。

六月、下松末武(くだまつすえたけ)の浄蓮寺に於いて、山口県周防部(すおうぶ)一帯三百ケ寺の住職研修会が催されました。この研修会のご講師が恐らく三十六才でありましたろう、深川倫雄和上でありました。

私共の正しき依り処、大無量寿経は、阿弥陀さまの仏意・仏願が剰すところなくあらわされ、まさに浄土真宗は大無量寿の宗教である趣き、切れ味鋭く語られました。

炯々たる眼差しと共に、”大無量寿経は、完璧な人間洞察の書である”との、語り出しのお言葉、今に胸底を離れません。

爾来、今に和上のご指南を蒙っています。
そうですね、私の事は大経に尽くされました。
そうです。阿弥陀さま、十劫正覚・ナンマンダ仏の名告(なの)りの時に、この煩悩の命離さじと抱えお立上がり下さいました。 そうです。おさとりを誓うて、阿弥陀さまは衆生私を済(すく)はずばと、願いの起りの初発(はじめ)から、流転の命を捲きあげたもうて、ナンマンダ仏となりましました。

切れば血が出る生々しさで、煩悩タップリの私をナンマンダ仏に持ち込んで、名告りをあげて下さいました。大善大功徳をつめこんで、ナンマンダ仏と私に今や同居してくださる親さまです。

この世逗留の間中、離れはせぬとご一緒したまう親さま、ナンマンダ仏です。


藤岡 道夫