がさごそと 衣(きぬ)を引きつつ 80
提供: Book
がさごそと 衣(きぬ)を引きつつ 寒の真夜
尿器をさがす 視力なき母
朝日新聞歌壇でみた歌です。真夜中、ひそかな物音がしていて、眼が覚めます。しゅびんを探して、母親が部屋をはいまわる。その着物が畳をこする音です。母は眼が見えません。だからこそ、娘の私が、こうして床を並べて寝てるんだから、おこしてくれりゃいいのに。
夜毎に、畳を這いまわる気配で、眼が覚める。あっさり、そういうてくれた方が、なんぼかいいのにと、舌打ちしそうな、作者の気持ちが伝わります。でも、探しあぐねる母親、この寒のさ中、冷えきった部屋にさらしてはおけません。さて、しゅびんを取ってあげましょ。そんな歌であります。
母親は母親ならではの思いがある。床を並べて寝ていてくれる丈でも有難い。仕事がある。疲れていよう。せめて今夜なりと、寝せておいてやりましょう。
寒の中、わかっています。真夜中、そうですとも、だから無言で探します。おしっこしたいからとて、一々この娘を起こしてはすまないこと。今夜こそと、こんなあたりと見当をつけて、尿器を探すのです。やれやれまた今夜もおこしてしもうたね、すまないね。
がさごそと 衣(きぬ)を引きつつ 寒の真夜 尿器をさがす 視力なき母
母と娘が寄り合うて、そして、もてあつかいかねる有様の、娑婆の命があります。阿弥陀さまが、苦悩の命を組み込んで、大悲の願をご成就です。ナンマンダ仏と来ておいでです。舌打ちしたい思いに分け入ります。夜毎、畳を這いまわるこの命に来て、ナンマンダ仏とご一緒なさいます。
藤岡 道夫