育てられるよろこび みんなの法話
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育てられるよろこび
本願寺新報2001(平成13)年12月1日号掲載
神田 廣宣(かんだ ひろのぶ)鹿児島・浄久寺住職
いなくなったセミ
え.秋元裕美子
私のお寺では、現在、鐘楼や山門などの建設工事を行っています。
昨年の九月に着工して、すでに十四ヵ月が経過しましたが、あとひと月ぐらいかかるという長丁場です。
ちょっと心残りでしたけど、工事のため、境内にあった三本の銀杏のうち二本と、桜の木三本を伐採し、根ごと掘り上げて処分しなければなりませんでした。
狭い境内ながら、樹木が多かったせいか、これまでは夏場になると、文字通り蝉時雨(せみしぐれ)といった状態でした。
とりわけ、梅雨が明けて、つきぬけるような青空が広がると同時に、クマゼミが勢いよく鳴きだしたものです。
その鳴き声たるや、私がお経をあげる声をかき消すぐらいで、お参りのご門徒方も「お寺のセミはすごいですね」と笑いながら言われるものでした。
ところが今年は、そのセミがまったくといっていいほど鳴かなかったのです。
「なんでかな?」と考えているうちに、はっと気づいたのが樹木伐採のことでした。
たぶん、これが原因と思われます。
セミは羽をもっていますから、確かに空を飛ぶことはできますが、飛べる距離はわずかなもので、行動範囲は限られています。
ですから、先祖代々、お寺の境内の木の根元という、ごくせまい範囲で命を受け継いできたに違いないのです。
そのようにして続いてきたであろう命の連続を、今回の工事で断ち切ってしまったわけです。
命奪う三度の食事
べつに、セミの幼虫やそのほかの虫の命を奪うためにこの工事を始めたわけではありません。
お寺の建物を整えることを目的として工事にかかったのです。
でも結果として、こちらが必要に迫られて工事を行ったことが、そのまま、まわりの生きものの命を奪い取るという大変な犠牲を強いることになってしまいました。
それを思うと何かしら、「私が悪うございました」と言わずにはおれないような気持ちがどこかに残るのです。
「たかがセミの命ではないですか」と私たちは言いがちです。
しかし、それは人間の勝手な思いであって、仏さまのみ教えの上からは、「生きとし生けるものすべて命に軽重はない」と示されてあります。
その言葉を私たちは知らないわけではありません。
しかし、それと程遠いところで日暮らししているのがお互いの現実です。
私たちは生きるために、一日三度の食事をします。
これをやめたら生きてゆくことができません。
どこかで耳にされていることでしょうが、「食事=ものの命を奪うこと」です。
考えてみれば、これほどの罪はありません。
かと言って、食べるのをやめれば今度は自分の命を奪うことになってしまいます。
ご承知のように、ご開山・親鸞聖人は「罪悪深重(ざいあくじんじゅう)の 凡夫」という言葉をしばしば用いておられます。
私自身も幾度となく目にしてきました。
しかし、恥ずかしいことながら、何かもう一つ実感がなかったのです。
それがこのたびは、「親鸞聖人の仰せのとおりだな」と感ぜずにはおれませんでした。
空しくない人生人間が生きるということは、気づかないまま、あるいは、そう思えないまま、はてなく罪を重ねていくことにほかなりません。
このような他の命をかえりみないわが身であっても、自らの命には徹底して執着します。
思えば、生きるとは悲しいものです。
しかし、そんな執着してやまない自らの命も、やがて、そして必ず、その縁が尽きるときがきます。
それが死、その時です。
感情を持つ私たちにとって、死ということほど切実な苦悩はありません。
したがって、死の事実に目をつぶるか、逃げたがるのが人の常です。
しかし、「念仏の衆生は、横超の金剛心をきわむるがゆゑに、臨終一念の夕べ大般涅槃(だいはつねはん)を超証(しょうしょう)す」(註釈版聖典264頁)と示されてありますように、お念仏のみ教えに遇(あ)えたものにとっては、この世での命を終えるときが、迷いの命が迷わない真実の命になるときです。
それはまた、命終えるときがそのまま罪を重ねることにストップがかかるときでもあります。
そのようにして、死に対して凡情の上からは、やはり悲しいという気持ちは残るものの、また一方では、有り難く命終えさせていただくという、まったく違う意味をもって受けとめられる世界が開かれます。
ですから、お念仏に遇えた者には、もはや死によって、何もかもが空しくなるということはありません。
念仏者にとって、この世での命を終わることは、「死亡」ではなく「往生」(涅槃=さとり)なのです。
ここにこそ、命の苦悩が本当に解決する世界があります。
こうしたことにうなずける身に育てられることほど大きな安らぎはありませんし、また、しみじみとしたよろこびはないと言えるでしょう。
出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。 |