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白い道を行く みんなの法話

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白い道を行く
本願寺新報2003(平成15)年3月1日号掲載
宮崎・称専寺副住職 栗田 正弘(くりたまさひろ)
僧侶と医師二足の草鞋(わらじ)

私は、お寺の副住職ですが、内科の医師として病院にも勤めております。
そこで、いろいろと貴重な経験をさせていただいています。

ある日、七十歳代の女性が、息苦しさを訴えて来院されました。
胸のレントゲンを撮ったところ、左肺に大きながんがあり、大量の胸水も溜まっていました。
入院して調べましたが、がんは既に広範囲に広がっており、積極的な治療は困難な状態でした。

当初からの本人の希望により、肺がんである事を彼女に告知しました。
すると、

「私はもう七十年以上生きてきたんだから、ここで無理な治療をして何カ月か寿命が延びても意味はない。
私はそう思う。
違いますか、先生。
あとの治療は先生にすべてお任せしますから、その事だけは覚えていて下さい」と語られました。

私は考えた末、鎮痛剤の投与と、胸水が溜まって息苦しい時に、注射器でその水を抜いてあげるという、最小限の治療だけにしました。

数日に一回、胸水を抜き、その折にいろいろ昔話を聞かせてもらいましたが、ある時彼女がこう言われました。

「私は、浄土真宗の門徒なんだが、各地を転々としてきたので決まったお寺がない。
もし私が死んだら、先生、あなたにお葬式をしてもらい、私のお浄土参りを見送ってほしい。
それを約束して下さい」と。

病院でお葬式の予約というのもあまり聞かない話なので、私は一瞬驚きましたが、落ち着いてから、「承知しました」と言うと、「ああ、今日はゆっくりと話ができてよかった。
これで安心した。
あとはすべておまかせじゃ...。
できれば体の調子のいい時に、先生のお寺の阿弥陀さまに一度お参りに行きたいがな」と語られました。

しかし、残念ながらその願いはかなわず、まもなく彼女は亡くなられました。
お葬式は約束通り私が勤めさせていただきました。

荼毘(だび)にふされた後、ご主人が彼女の遺骨を大事に抱いてお寺にお参りにこられました。
彼女にとって、生前かなわなかったお寺への初参りでありました。

私は、彼女の遺骨の前で手を合わせながら、「命を助けることができずにごめんね。
でも約束は果たしたよ。
これでよかったよね」と心の中でつぶやいておりました。

善導大師の「二河譬(にがひ)」
このように、悲しいことではありますが、病院では人の死に接することが度々あります。

不治の病を患った患者さんは、ずっと生き続けたいという願いと、死が近づいているという現実の間で、自分の命を見つめ苦悩されます。
そして、その思いを周りの私たちに訴えかけてこられるのです。

そんな時、思い浮かぶのが、善導大師が『観無量寿経』を註釈された『観経疏(しょ)』(散善義(さんぜんぎ))で述べられる「二河白道(にがびゃくどう)の譬え」です。

ある旅人が荒野を一人で旅をしていました。
すると、盗賊や獣、毒蛇等が旅人を襲ってきます。
旅人は意を決して必死に西へと進みます。
すると二つの河が行く手をさえぎります。
一つは、激しく荒れ狂う水の河、一つは燃え盛る火の河です。
二つの河の間には白い道が向こう岸に向かって続いていますが、わずか十五センチ程しかないうえ、激しい波と猛炎につつまれてとても渡れそうにありません。

退くも死、進むも死、とどまるも死という極限におかれた旅人は、それならば前に進もうと白い道を歩き始めます。
すると東の岸から「この道を行け」という声が聞こえ、同時に西の岸から「この道を来い」という喚び声が聞こえてきます。
その二つの声に導かれて歩いてみると、その細い道は、実は激しい波にも猛炎にも脅かされない大道でありました。
そして旅人はその白い道を無事に渡りきり、限りない安らぎを得たのです。

お念仏の道を聞き開く
この譬えは、私たちが、念仏者として進むべき道についてお示し下さっています。

旅人はこの私で、盗賊や獣達は肉体の苦痛。
水の河は「まだやり残したことがたくさんあるのに」「愛する子どもたちと別れたくないのに」といった欲望と愛着の心(貪愛(とんない))。
火の河は「どうして私だけがこんな病気をしなければならないのだ」といった怒りの心(瞋憎(しんぞう))をあらわしています。

東岸の声は、お釈迦さまの教え、西岸の声は阿弥陀さまの喚び声、白い道は南無阿弥陀仏、つまりお念仏の道をあらわしています。

私たちは、死に直面した時、この旅人のごとく、肉体の苦痛だけでなく、貪愛、瞋憎、そして、この私はどこへ進んでいけばいいのかという心の叫びにさいなまれます。

善導大師は、そういう私たちに、「お念仏の道を聞いてゆけ」とお示し下さっているのです。

私たちは限りある命をもった存在です。
その事を自覚し、これからも聴聞を重ねながら、この白い道を共に歩んでいこうではありませんか。



 出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。
http://www.hongwanji.or.jp/mioshie/howa/