派外からの異説について

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紅楳英顕の真宗教室

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派外からの異説について
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      派外からの異説について

         紅楳英顕著

 もと本願寺派の僧侶であった高森顕徹氏は、現在富山県の高岡市に本部を設ける宗教法人「浄土真宗親鸞会」(以下、高森親鸞会という)の会長として、かねてより破邪顕正の名のもとに本願寺に対する誹謗をかさね、あるいは宣伝ビラを広く配付し、あるいは本願寺派寺院におしかけて議論をしかけ、あるいは法座の妨害をするなどの活動をつづけていることは御承知の方も多いと思う。

 しかし、私どもから見れば、同会の主張には親鸞聖人の正しい宗義に違背すると思われるところが少なくない。 そこで、本派の方々が同会の宣伝に惑わされることのないように、その主張の問題点の一部を昭和五十四年十二月発行の『伝道院紀要』24号に「現代における異議の研究」-高森親鸞会の主張とその問題点-と題して発表したわけである。→「現代における異議の研究」

親鸞会の実力行使による示威行為

 ところが、右の論文について、同会から「親鸞会を中傷した」ということで、質問状が十数回も送られ、宣伝ビラが配付され、伝灯奉告法要中には多数の会員が白洲に入りこんで、手に手にマイクを持って絶叫し、大切な法要を妨害するありさまであった。[1]

 高森親鸞会は真実開顕のためと述べてはいるが、実は初めから高森氏の主張が真実で、他の本願寺などの説くところはうそ偽りであるという前提に固執した上での論議をするのである。 このことは、同会の本願寺非難の文を見れば容易におわかりいただけると思う。

 けれども、私は、要求に応じて答えるべきことは答えたのであるが、自分達の気に入らない答えは答えと認めない、という態度で繰り返し答えを要求する始末であった。 そこで、私は文証をあげて論文で同会の主張を批判したのであるから、それに異議があればお聖教の適確な文証を示して論文として発表するのが筋であろう、と最後に返信したのである。

 その後、昨年(昭和五十六年四月)、高森親鸞会は『本願寺の体質を問う』という本を出版し、大々的に宣伝し、また地方にも持ち歩いて頒布した。

その書は、私も一読したが、失礼ながら、適格な文証を示しての反論ではなく、私の主張を歪曲したり、悪口雑言を並べたりしているものである。

また同会から、私に本を出版したとも、反論しろとも、何の連絡もなかったので、あえて反論する必要もなかろうと思い、そのまま放置していたのである。

 ところが、本年八月十三日に「答えを求める」ということで、またまた多数の会員が総御堂に入り、揃いの鉢巻をしめて座りこみ、閉門時が過ぎても退去しないという行動に出てきたのである。 しかも、これで終わることなく、更に次の挙に出るといっている。

 こういうわけで、高森親鸞会が私個人に対して罵詈誹謗をあびせるだけならば、相手にしないということも考えられるが、このように騒ぎ立てる以上は、ここにおける宗義上の問題は何か、真相はどうか、ということを各位に知っていただくため、その論点の概要を示す次第であります。

はじめに

 高森親鸞会発行の『本願寺の体質を問う』は、「なぜ真実開顕に背を向けるのか、本願寺の体質を問う」と「親鸞会はかく反論する」の二部からなっている。

この中、第一部「本願寺の体質を問う」は、高森親鸞会から私や本願寺当局宛に出された質問状と、私から同会に出した返信を、月日の順に掲載したもので、第二部「親鸞会はかく反論する」には、宿善論の問題と後生の一大事の問題について、私の論文の主張に対する反論非難がなされている。

 問題を混乱させないために、最初に申しあげておくが、この書『本願寺の体質を問う』のはじめに、

論難

本派本願寺発行の『伝道員紀要』二十四号は、「現代に於ける異義の研究
-高森親鸞会の主張と、その問題点」と題して、「親鸞聖人の教えに反す
る、全くの謬見であり異義である」と、親鸞会批難の論文を掲載した。本
願寺の主張を代弁して、紅楳英顕氏が書いたものである。(はじめに)

とある。

ここに「本願寺の主張を代弁して……」とあるが、私は、本願寺の主張を代弁したのではない。 かねてから本願寺に対して何かと非難中傷している高森親鸞会の主張について、その問題点を私個人の研究論文として発表したのである。

それは、派内の方がたに参考にしていただくためであって、同会に対する攻撃を目的としたものではない。 その旨は、同会に知らせてある。 にもかかわらず、「相変わらず本願寺の主張を代弁して」等と言い張っているわけである。

 また、次下には、

本願寺の批判論文には幾多の不審や疑問があった。そこで親鸞会はその不
審を散ぜんが為に四つの質問を提出し、誠心誠意返答を求め続けて来た。
が今だに回答が得られない。(はじめに)

と述べている。

高森親鸞会は、私が一度も回答をしていないようにいい、同会の発行する『顕正新聞』にも、そのように書いて盛んに宣伝しているのである。

しかし、それが事実でなかったことは、この『本願寺の体質を問う』に掲載されて私からの返信を見ていただけば、おわかりいただけると思う。

 往返の手紙の内容は、同書に全文が載せられているので、見ていただく通りでであるが、読者の中には、私の返信について、もっと親切に書いた方がよいのではないかと思われる方があるかも知れない。

しかし、その必要はなかったと私は思っている。

なぜなら、高森親鸞会側には、私の主張に耳を傾け、自らにも反省すべき点がないかどうかを考える姿勢がみられず、自らの主張は絶対に正しいという前提のもとに議論をしかけてきていると考えられるからである。

 なるほど、同書には「このような体質で、本願寺に明るい未来があるだろうか」とあり、また、同書の宣伝ビラには「本願寺の明るい未来を願って提言」と書いている。

だが、高森氏に本願寺のためを思う気持があるとは私には思えない。 これは先に発行された『どちらがウソか』において、本願寺に対する一方的独善的な非難中傷をしていることからも、よく解ることである。 また、その頃、本願寺前で配付され、今も配付をしている宣伝ビラに、

妄想による非難

今まで親鸞聖人の教えをネジ曲げて大衆をだまし、仏法を喰い物にして来
た人達は、本当の親鸞聖人の教えが大衆に知れ亘ることを極度に怖れます。
それは丁度牛肉だと喰わされていた大衆がネズミの肉であったことを知れ
ばどんなにか憤激し離反することは必至だからです。

等と書いていることでも、自明である。 さらには『こんなことが知りたい』②の「なぜ自ら本願寺をとび出したか」の項に、

本願寺派への瞋恚

現今の本願寺は沈没寸前の老朽船です。それどころか親鸞聖人や蓮如上人
のみ教えをネジ曲げ、真実の仏法を破壊している本願寺の老船は速やかに
爆沈すべきです。これこそ「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし、
師主知識の恩徳も、骨を砕きても謝すべし」の恩徳讃の心に燃える信心の
行者の心意気でなければならないと確信しております。

ともある。

このように、高森氏は、本願寺を破壊することを目的としているとしか受けとれない表現を使っているのである。

 その上、高森親鸞会は、公約として私への書簡(『本願寺の体質を問う』26頁掲載、以下頁数だけの表記は同書における掲載箇所)やビラ等にも、

浄土真宗親鸞会はこのことに関しては、相手が集団であれ、個人であれ、
公開であれ、非公開であれ、討論であれ、文書討論であれ、相手の希望せ
られる方法で時と場所を問わず、申し出さえあれば親鸞聖人の本当のみ教
えを開顕する為に喜んで応ずることを公約しているのですから、遠慮なさ
れず申し出て下さい。

ともいってある。

同会からの質問に対しては、すでに私から返答しているのであるから、まだ異議があるなら、同会も、独断によるのではなく、文証をはっきり示して、論文形式で反論すべきであろう。 どちらの主張が正しいかは読者が判断することであろうと考える。

一、宿善論の問題

 『本願寺の体質を問う』の第二部(134頁以下)は「親鸞会かく反論する」となっており、宿善論の問題と後生の一大事の問題について、私の所論に対する反論非難がなされている。

 ここには、私の論文が部分的に引用されているが、第一部には私からの返信が全文のせられているのだから、むしろ初めに『伝道院紀要』に私が発表した論文も全文のせてもらった方が、よく解ってよかったのではなかろうか。

論文を部分的に引いて反論されたのでは、私の主張の内容が読者に解りにくく、誤解を生ずる点もあろうと思われるからである。

 まず、宿善論の問題からふれていこう。

私は「私の意見に対する反論であるなら、独断によらず、宗祖聖人や蓮如上人の上にみられる文証をはっきり示して反論されるように」といっていたのであるが、私が再三もとめたところの、「破邪顕正や財施を獲信のための宿善として修せよ」とある文証は、未だに何等示されていない。

私が問題にしたのは、このことなのであり、高森親鸞会が自説の根拠となる文証を明示されない限り、私への反論になっていると認めることはできないのである。

 そもそも宿善ということについては、私の論文にも述べているように、宗祖聖人は、

宿善における宗祖の表明

遇、行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。(『教行信証』総序)
遇、信心を獲ば遠く宿縁を慶べ。(『浄土文類聚鈔』)

と仰せられてある。

宗祖聖人が宿善とか宿因等といわず、宿縁といわれているのは、『教行信証』も『文類聚鈔』も同じであるが、これは、その直前にある「弘誓の強縁」(他力)の「縁」の語をうけているものと考えられる。

だから、「遠く宿縁を慶べ」とは、ひとえに他力のお育てによるところであったと慶ばれているのである。 蓮如上人も、

蓮如上人における宿善

遇獲信心遠慶宿縁と聖人のあそばし置れたるは、たまたまといふは過去に
あふと云心なり。又、とおく宿縁をよろこぶといふは、今始めてうる信心
にあらず、過去遠々の昔より依頼の御哀にて今うる信心なり。(『拾遺御一代
記聞書』)

と述べられている。

信心を得たところで過去を振り返り、すべて他力のお育てによるところであったと慶ばれたのが、宗祖聖人であり、蓮如上人である。

 この点高森親鸞会は、

高森親鸞会の宿善論

宿善というのは過去世の仏縁のことであるが、過去に仏縁浅きものは現在
において真剣に宿善を求めねばならない。でなければ宿善開発の時節到来
ということはあり得ない。されば宿善は待つに非ず、求めるものである。
                        (『白道もゆ』212頁)
まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ。イ、聴聞、ロ、破邪顕正。(『顕正新聞』第93号)
真実を知らない人に真実をおしえ、求めねばならぬわけを説いているうち
に、いや他人に説くことによって自分の聞法心も深まって来るのです。即
ち宿善が厚くなるのです。法施は最上の布施行だからです。(『こんなことが知
りたい』②87頁)
真実の仏法のために浄財はすべて尊い宿善となります。この会費改正にあ
たって進んで宿善を求めさせて頂きましょう。(『顕正新聞』第175号)

 等と主張している。

「過去に仏縁浅きものは現代において真剣に宿善を求めねばならない」とか「まず信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ」等といって、これから信心を得るために自力で宿善を積むことを勧めているわけである。

このような主張は、宗祖聖人や蓮如上人が信心を得たところから振り返って宿善を語られたのと、基本的に相違しているといわねばならないであろう。

 私が論文に引用したように、大原性実師も「我々が今日弥陀法に遇い之を信受奉行することを得し因縁となりしことを悉く宿善と称すべく……」と述べておられ、また『新・仏教辞典』(中村元監修)も「前世・過去世につくった善根功徳をいう、また、人の一代に限って、今まで作った善根を指すこともある」と出している。

これらは、現在から過去を振り返っているのであって、これから獲信のために修することを宿善といっているのではない。

 ところが、高森親鸞会は、大原師や『新・仏教辞典』の所説を、これから獲信のために修する善のことであるかのように解釈して、「破邪顕正や財施が諸善万行にはいるか、はいらないか」と質問してきている。

私は、それらが諸善万行にはいるかどうかは問題にしていないのであり、これから獲信のための宿善として「破邪顕正や財施をせよ」というようなことは、宗祖聖人や蓮如上人の上にはないと論じているのである。

だから、私の意見に反論するのなら、宗祖聖人や蓮如上人の上で、その文証を出してほしいと求めたわけである。

 その上、同会は、私に対する四項目の質問に対して「何百日以上も経過するのに未だ返答がない」と盛んに宣伝しているが、私が返答を出してあることは、すでに述べた通りである。

同会の質問に対して、逆に私の方から「破邪顕正や財施を修することが獲信のための宿善となる」という文証があれば示してもらいたいと求めたのが、一昨年(昭和五十五年)の六月二十一日(57頁)であるから、もう八百日以上が経過していることになるが、これについては何の返答もないままである。

 また「本願寺の稚気」(138頁)といって、われわれが同会の正式名称である浄土真宗親鸞会といわず、高森親鸞会と呼称していることについて、高森氏は「陰険な悪意を感ずる人も少なくなかろうと思うが、ただ保身の為、親鸞会憎しの怨念に燃え、あえて真実に立ち向かおうとするのであるから、彼らだって空しい闘志をかきたてねばならないことは容易に想像される」等と述べている。

はじめから自らは真実、他は不真実と決めこんだ上の想像としかいいようがないが、これは、派内に東京親鸞会・金沢親鸞会など親鸞会と名のつく会があるので、そうした派内の親鸞会と区別するために、高森氏を会長とする宗教法人「浄土真宗親鸞会」のことを、われわれは便宜上、「高森親鸞会」というのであって、決して陰険な悪意からいうのではない。 この点、誤解のないようにされたいと思う。

 それから、本願寺は「真剣な聞法をすすめることを間違い」(140頁)というといって、あたかも私が聞法(聴聞)を否定しているように書いている。

本願寺における聴聞の勧め

宗祖聖人は、

たとひ大千世界に
みてらん火をもすぎゆきて
仏の御名をきく人は
ながく不退にかなふなり。(『浄土和讃』)

といわれ、蓮如上人は、

仏法は世間の隙を闕きてきくべし、世間の隙をあけて法をきくべきように
思うこと、浅ましきことなり。(『御一代記聞書』)
いかに不信なりとも聴聞を心に入れ申さば、御慈悲にて候間、信を獲べき
なり、只仏法は聴聞に極まることなりと云々。(『御一代記聞書』)

等と教示されている。

このことは、論文にも述べたことであって、聞法(聴聞)を勧めることが間違いである等とは、私はどこにもいっていない。 私の述べているところを故意にネジ曲げて非難していることは明らかである。

 そもそも、真宗の「聞」とは、第十八願成就文の「聞其名号信心歓喜」の如実の「聞」でなければならない。

これは、第二十願の「聞我名号係念我国」の「聞」とも峻別される他力の「聞」なのである。 高森親鸞会の主張のように、破邪顕正や財施等の自力の行と同列に扱うこと自体が、そもそも問題なのである。

この意味から、存覚上人は、

聞よりおこる信心、思よりおこる信心といふは、ききてうたがはず、たも
ちてうしなはざるをいふ。思といふは信なり、きくも他力よりきき、おも
ひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひちりば
かりもよりつかざるなり。(『浄土見聞集』)

と述べられているのである。

 次に『本願寺の体質を問う』(144頁)には、

所詮は、案ずるな、煩ろうな、計ろうな、心配するな、そのままじゃ、無
条件じゃ、念仏さえ称えておれば死んだら極楽が本願寺の主張だと、従来
より指摘し続けて来た親鸞会の批判が正しかったことを証明したにすぎな
い。

とある。

これは、先年以来、本願寺の門前等で配付している同会のビラに、本願寺の主張として「死なねば助からぬ」とか「念仏さえ称えればよい」「念仏はみな同じものだ」というように書きたてて、平生業成もわからず、信心ぬきの念仏を説いているのが本願寺の主張であるかのように指摘し宣伝しているのであるが、その指摘が正しかったことを証明した、といっているようである。

高森氏は、高岡仏教学院や竜谷大学で学ばれたそうであるが、平生業成や念仏の自力・他力について学ばれなかったのであろうか。

 高森親鸞会のビラに対して本願寺から出されたものの中、「いつ助かるか」について、

本願寺応答三文

今、ここで救われます。「なもあみだぶつ」のいわれを聞いて、疑いの心
がなくなるとともに、まことの信心にめぐまれて如来の光明の中に摂取さ
れます。やがて、この人生が終われば、浄土に往生して仏のさとりを開か
せていただくのです。

とあり、「どうしたら助かるのか」について、」

まことの信心ひとつであります。いちずに念仏を称えさえしたら助かると
いうのではありません。真実の教え(本願が名号に成就されたいわれ)を聞くこと
が大切であります。

と明示し、さらに「念仏について」には、

まことの信心から必ず念仏が流れて出て下さいます。これを他力の念仏と
いい、「なもあみだぶつ」を口に称えて如来の御恩を感謝します。
疑いの心をもったまま唱える自力の念仏では真実の浄土に往生することはできないのです。

と、本願寺の正しい見解が述べられている。

「死なねば助からぬ」とか「念仏さえ称えておればよい」とか「念仏はみな同じものだ」などと、本願寺の誰が説き、どこに書いているのだろうか。

書物や話の一部分だけとらえて、悪意に解釈するならば、あるいはそのようにとれるところがあるかも知れないが、それは、あまりにも片寄った見方であって、故意に曲解して本願寺を非難しているとしかいいようがない。

 それから『同書』(148頁)には、宿善は他力によるのであるならば、なぜ聴聞にはげまねばならないのか、教えを勧めねばならないのかという問題が繰り返されている。

 これも、つまりは、宗祖聖人が「遇、行信を獲ば遠く宿縁を慶べ」と仰せられ、蓮如上人が「とをく宿縁をよろこぶといふは、今始めてうる信心にあらず、過去遠々の昔より以来の御哀にて今うる信心なり」と示され、存覚上人が「きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひのちりばかりもよりつかざるなり」と他力をよろこばれたお心が、理解できないところから生じたものと思わざるを得ない。

 また『同書』(150頁)では、宿善があくまでも他力によるというならば、すべての人の宿善が平等でなければならないといい、そして、

他力の誤解による応答

本願寺は宿善の相違を認めないのであろうか、若しそうなら紅楳氏のよう
な熱心なものもあれば、仏とも法とも思っていない人もいるという厳然た
る事実をどう説明するのか。

と述べている。

 私は宿善の厚薄(相違)を認めないなどといっているのではない。

しかし、私がご法義を喜ぶ身にならせていただいたのは、自力の善を積んだからであるとは毛頭考えず、ひとえに仏のお導き、お育てによるものと味わっているのである。

 この宿善の問題については、さらに『同書』(151頁以下)に『阿弥陀経#P--127 阿弥陀経』の

已発願、今発願、当発願。
若已生、若今生、若当生。

等の文をはじめ、覚如上人の

十方衆生のなかに浄土経を信受する機あり、信受せざる機あり。いかんと
ならば『大経』の中に説くが如し、過去の宿善厚き者は今生にこの教えに
値うてまさに信楽す、宿福なき者はこの教えに遇うといえども念持せざれ
ばまた遇わざるが如し。(『口伝鈔』)

の文や、蓮如上人の

陽気・陰気とてあり、されば陽気をうくる花は早く開くなり、陰気とて日
陰の花は遅く咲くなり。かように宿善も遅速あり、されば已今当の往生あ
り弥陀の光明に遇いて早く開くる人もあり、遅く開くる人もあり。(『御一代 記聞書』)

の文等を引いて、往生に遅速があるのは宿善が平等でないからであり、宿善が平等でないことは他力ではないからであるという旨を述べている。

 この点については、すでに私の論文でもふれておいたが、本派の宗学上においても、宿善自力説・宿善他力説・当相自力体他力説等と、学的見解の別れるところである。

私は、宿善は他力と味わっているが、宿善自力というも、当相自力体他力というも、それは獲信の立場から振り返って宿善の物体を論ずることであって、高森氏のように、これから獲信のために自力の宿善を修せよというような宿善論は、先哲の説にもなく、もちろん宗祖聖人をはじめ覚如上人、蓮如上人の上にも示されていないのである。

 高森親鸞会が引用している覚如上人の『口伝鈔』には、その文の次下に、

しかれば往生の信心のさだまることは、われらが智分にあらず、光明の縁
にもよをしそだてられて名号信知の報土の因を得としるべしとなり。
これ を他力といふなり。

とあるように、覚如上人も、他力のお育てにより信を得ると仰せられてある。 蓮如上人が他力を慶ばれたことについては、今さら論ずるまでもないことである。 したがって、覚如上人・蓮如上人の所説に往生の遅速の問題があるからといって、宿善が他力のお育てによるとよろこぶことを否定する理由にはならないのである。

 さらに、破邪顕正や財施が諸善万行にはいるかどうかの問題が『同書』(153頁)に出ている。 このことは、すでに述べたように、これが諸善万行にはいるかどうかを私は問題にしたのではなく、破邪顕正や財施を獲信のための宿善として修せよと主張する義に、疑義を呈したのである。

もっとも、正しい意味の破邪顕正や財施が諸善万行の中にはいることは、いうまでもない。 しかし、自らの主張だけを正しいものとし、他派の法座や法要の妨害をするようなことを破邪顕正と考え、そのような集団に献金することを財施というのであれば、それが果たして諸善といえるかどうかは疑問である。

 以上、私の批判に対して、高森親鸞会は種々に反論しているのであるが、宗祖聖人や蓮如上人の上で「未信の者は破邪顕正や財施を獲信のために宿善として修せよ」とある文証を挙げなければ、どれほどもっともらしいことをいったとしても、結局、それは私見に過ぎないのであって、正しい反論にはならないのである。

また、実際、そのような文証があるはずはない。

 次に、他者に教えを説くことについては、論文にも書いたことであるが、宗祖聖人は、

仏慧功徳をほめしめて
十方の有縁に聞かしめん
信心すでに得んひとは
つねに仏恩報ずべし。(『浄土和讃』)
自ら信じ、人を教えて信ぜしむること、難きが中に転たまた難し、大悲弘
く普く化する、真に仏恩を報ずるになる。(『往生礼賛』=『教行信証』信巻に引用)

と教示されているように、他者に教えを説くことを勧めておられる。

それは、獲信のための宿善として修せよと勧められているのではなく、信後の報恩行として勧めていられるのである。 蓮如上人も、

信もなくして人に「信をとられよ」と申すは我れは物をもたずして人に物
をとらすべきという心なり、人承引あるべからず。(『御一代記聞書』93)

 等と仰せられるように、信を得てから他者に教えることの大切さを示されてはいるが、獲信のための宿善として他者に教えを説くことを勧めてはいられないのである。

 一方、財施については、宗祖聖人は、他者から志を受けたことに対して、

銭弐拾貫文慥に給候、穴賢、穴賢。(『末灯鈔]』)
銭二百文御こころざしのものたまわりてそふらふ。(『御消息集』)

等と、謝念の意を表わしてはいられるが、それを獲信のための宿善として積めなどという仰せは、まったくないのである。

歎異抄』第18には、

仏法のかたに、施入物の多少にしたがひて大小仏になるべしといふことこ
の条、不可説なり不可説なり。比興のことなり。(中略)いかにたからもの
を仏前にもなげ、師匠にほどこすとも、信心かけなばその詮なし。一紙半
銭も仏法のかたにいれずとも、他力にこころをなげて、信心ふかくば、そ
れこそ願の本意にてさふらはめ。

とある。

施入物の大小を云々することは誤りであり、たからものを仏前になげたり、師匠にものを施したりすることによって救いが決まるのではないことが述べられているのである。

このように、献金等の財施を宿善として修せよという見解は、まったくないということができよう。

蓮如上人も、

ちかごろはこの方の念仏者坊主達、仏法の次第もてのほか相違す。そのゆ
へは、門徒のかたよりものをとるをよき弟子といい、これを信心のひとと
いへり。これおおきなるあやまりなり。また弟子は坊主にものをだにおほ
くまいらせば、わがちからかなはずとも、坊主のちからにてたすかるべき
ようにおもえり。これもあやまりなり。かくのごとく坊主と門徒のあいだ
にをひて、さらに当流の信心のこころえの分はひとつもなし、まことにあ
さましや。(『御文章』1の11)
信心のとおりをば手がけもせずして、ただすすめといふて銭貨を、つなぐ
をもて一宗の本意とおもひ、これをして往生浄土のためとばかりおもへり、
これおほきにあやまりなり。(『帖外御文章』37)
一すぢに弥陀をたのみまひらせて、もろもろの雑行、物のいまわしき心な
どをふりすてて、一心にふたごころなくたのみまひらせ候てこそほとけに
なり候はんずれ。さように人に物をまひらせ候て、そのちからにてなどう
け給候、なにともなき事にて候。よくよく御心え候べく候。(『帖外御文章』127)

等と示されるように、財施によって救いが定まるというような、いわゆる施物だのみを誡められている。 財施を獲信のための宿善としてなすべき旨を勧めるなどということは、まったくあるはずはないのである。

 高森親鸞会は「真剣な聞法をすすめるのは間違い」とか「聞法は信心獲得することとは無関係」などと、私が聞法をも否定しているように書き立てているが、上述のように、私は聞法を否定するなどとは一言も書いてはいない。

破邪顕正や財施(高森親鸞会への献金、財施)等が、獲信のための宿善となるのだから、これを修せねばならぬとする主張に、疑義を呈したのである。

 以上のように、高森親鸞会は、獲信のための宿善としての善根を自力で修すべきであると、盛んに勧めているのであるが、その一方で、こんどは『同書』(158頁)に、

これではまるで親鸞会が「自力の善根で信心獲得出来る」といっていると
いわんばかり。ひどい中傷である。

といい、また『同書』(165頁)には、

それでは自力の善根によって宿善開発(信心決定)させることが出来るのか、
と間抜けは返難するかもしれない。事実『伝道院紀要』には「高森親鸞会
は宿善開発(信心決定)が自力で出来ると言っている」と丁度鬼の首でもとっ
たように繰り返す。その後の彼我の往復書簡にもそのことが顕著にでてい
る。本願寺の親鸞会中傷の最も大きな点の一つである。

等と、まるで「獲信のために宿善を自力で積め」などいったことがないかのよ うないい方をしているのである。それならば、

過去に仏縁浅きものは現在において真剣に宿善を求められねばならない。
でなければ信心開発の時節到来ということはあり得ない。されば宿善は待
つに非ず、求むるものである。(『白道もゆ』212頁)
生まれた時から他力に摂取されているものは一人もいないのですから、み
んな自力で求めていくのです。(「顕正新聞」第93号)

等と述べていることは、ウソだったのであろうか。

 また『本願寺の体質を問う』(171頁)には、

自力の善が獲信の資助になるどころか、自力無効、捨自帰他、弥勒菩薩も
三世諸仏も化土往生人も、自力が廃らない限り絶対に弥陀の本願は判らず、
報土往生は出来ないことを開顕し続けて来たのが、親鸞会の歴史である。

ともいっているが、それならば、

まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ。イ聴聞、ロ、破邪顕正。(「顕正新聞」第93号)
真実の仏法のために提供される浄財はすべて尊い宿善となります。(「顕正新聞」第175号)

と書いてあるのは、間違いであったというのだろうか。にもかかわらず、

命がけの聴聞も破邪顕正も、自力の一切は間に合わなかったと廃った一杯
が、本願力に間に合ったことに驚き呆れ、すべてが他力であったなあーと
不思議不思議と踊り上がったときを宿善開発というのだ(『本願寺の体質を問う』
175頁)と述べている。

あれだけ自力で宿善をつめといい「破邪顕正こそ無上の宿善」とか「浄財はすべて尊い宿善」といって、それが誤りであると批判されると、繰り返し質問状を発し、さんざんな罵詈雑言を浴びせ、法要妨害までしておきながら、こんどは掌を返すように、自力の宿善は間に合わないというのである。

 そして『同書』(175頁)には、つづけて、

一切凡小、一切時の中に、貪愛の心常に能く法財を焼く、急作急修して頭
燃を灸ふが如くすれども、衆て、雑毒雑修の善と名け、亦虚仮諂偽の行と
名づく。真実の業と名づけざるなり。此の虚仮雑毒の善を以て無量光明土
に生ぜんと欲す、此れ必ず不可なり。(『教行信証 』信巻)
今の真宗においては専ら、自力をすてて他力に帰するをもって宗の極致と
する。(『改邪鈔』)
もろもろの雑行雑修自力の心をふりすてて、一心に阿弥陀如来、我等が今
度の一大事の後生、御たすけさふらへとたのみまうしてさふらう。(『領解文』)

等の文を引き、

かかる親鸞聖人た覚如上人・蓮如上人を一貫せる自他力廃立の御教化によ
って救われ、その真実を開顕せん為に死力を尽している親鸞会を「自力に
よって宿善開発(信心獲得)出来るといっている」という本願寺の非難は悪辣
極まる中傷と断ぜざるを得ないのである。

と結んでいる。

ここに示されてある通り、宗祖聖人・覚如上人・蓮如上人のご教示・ご教化が、一貫して徹底した自他力廃立のものなるが故に、私は「未信の者は獲信のために自力の善を積め」という高森親鸞会の宿善説に疑義を呈したのである。

それを「悪辣極まる中傷」と、まるで事実無根であるかのように高森氏はいうのである。 これでは、まったく議論にならないといわねばならぬ。

二、後生の一大事の問題

 次に、後生の一大事の問題についてであるが、これについて、高森親鸞会は

高森親鸞会案出の必堕無間論(聖典の根拠は皆無)

後生の一大事とは何か。人間は必ず一度は死なねばならない。では人間は
死んだらどうなるか。釈尊は必堕無間と、四十五年間叫びつづけられた。
「一切の人は死んだら必ず無間地獄におち八万劫年の間大苦悩をうけねば
ならない」これを後生の一大事という。(『顕正新聞』第205号)
仏法を聞く目的は後生の一大事の解決に極まる……一大事というは取り返
しのつかないことを言うが、それは無間地獄に堕在するということである。
曽無一善・一生造悪が我々の実相であるから、因果の道理に順じて、必ず
無間地獄へ堕ちる、これを経典には必堕無間と説かれている。(『白道もゆ』
137頁)
親鸞聖人や蓮如上人が不惜身命の覚悟で教示された生死の一大事とは、ど
んなことかといいますと、これは後生の一大事ともいわれていますように、
総ての人間はやがて死んでゆきますが、一息切れると同時に無間地獄へ堕
ちて、八万劫年苦しみ続けねばならぬという大事件をいうのです。(『こんな
ことが知りたい』①6頁)

等と主張している。

後生の一大事を「必ず無間地獄に堕ちる」という意に取り切り、しかも、これによって恐怖心をあおり「非泣悶絶」の苦しみを経ねばならぬという、いわゆる機責めの傾向がうかがえるのである。

これに対して、私は疑義を呈し、論文で「後生の一大事ということは、往生浄土(極楽)の一大事、あるいは往生浄土(極楽)出来るかどうかの一大事、という程度の意味」であるとの見解を示したわけである。

 『本願寺の体質を問う』では、こうした私の見解に対する反論非難が行われているのであるが、これについても、前の宿善論と同様、宗祖聖人や蓮如上人の上ではっきりした文証を挙げての反論ではないから、私は反論とは認められないと考えている。

 「後生」とは、文字通りの意味は「今生」に対する「後生」であろうから、必ずしも往生の意味だけではない。 しかし、論文や、高森親鸞会に対する返信(八月三日)で述べたように『大経』に、

 後生無量寿仏国とあって、後生の一大事の「後生」という語は、この「後に無量寿仏国に生れる」が出拠と考えられる。 蓮如上人も、

されば、死出の山路のすえ三塗の大河を唯一人こそ行きなんずれ、これに
よりて、ただ深く願うべきは後生なり、またたのむべきは弥陀如来なり。
(『御文章』1の11)
しかれば阿弥陀如来を何とようにたのみ、後生をばねがふべきぞというに
……(『御文章』5の10)

等と教示されているように「後生」を往生浄土の意味で語られているのである。

 また「一大事」についてであるが、「一大事」とか「大事」とかは、本来「転迷開悟」「出離生死」についていわれるものである。

したがって『法華経』出世本懐の文には、

一大事因縁(『大正大蔵経』第9・7a)

とあり『称讃浄土経』には、

利益安楽の大事因縁とある。

また、法然上人は、

往生程の大事をはげみて念仏申さん身をば、いかにもいかにもはぐくみた
すくべし。(『和語灯録』)

といわれ、宗祖聖人は、

往生極楽の大事(『拾遺真蹟御消息』)

と仰せられており、さらに覚如上人も、

往生ほどの一大事をば如来にまかせたてまつり……(『口伝抄』)
往生ほどの一大事凡夫のはからうべきことにはあらず……(『執持抄』)等と述べられている。

いずれも「一大事(大事)」を往生にかけて語られている。

 さらに蓮如上人も、

もろともに今度の一大事の往生をよくよくとぐべきものなり。(『御文章』1の11)
この他力の信心ということをくはしくしらずば、今度の一大事の往生極楽
はまことにもてかなふべからず。(『御文章』2の10)
いそぎてもいそぎてもねがうべきものは後生善所の一大事にすぎたるはな
し。(『帖外御文章』50)

等と示されている。

往生にかけて「一大事」を語っておられるのである。

 高森親鸞会は、後に至って、後生の一大事に二つがあるといいだし、信後の後生の一大事は「往生浄土(極楽)の一大事」のことであるが、信前の後生の一大事は「必ず無間地獄に堕ちる」ということであると、あくまでも自説に固執するのである。

 だが後生の一大事に二義ありとは、恐らく高森親鸞会だけでいうことであろう。

同会のいうように、後生の一大事を往生の一大事と釈すことが、信後の人だけについてのことならば、先に挙げた「往生の一大事」を述べた文、特に『御文章』は、当然、信前の人に信を勧め、往生を勧めたものと思われるが、これらは信前(後?)の人に対して出されたとでもいうつもりなのであろうか。

 同会は、信前の後生の一大事の文証として『本願寺の体質を問う』(178頁)に、宗祖聖人の

若しまた、此のたび疑網に多覆蔽せられなば、かえりてまた曠劫を逕歴せん。
(『教行信証』総序)

の文や、蓮如上人の

この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきも
のなり。(『御文章』2の2)
命のうちに不審もよく晴れられ候はでは定めて後悔のみにて候はんずるぞ、
御心得あるべく候。(『御文章』1の6)等の文を挙げている。

 私は、無論これらの文の意味を否定するのではない。 だから、後生の一大事を「往生浄土の一大事」という意味だけに限定せず「往生浄土できるかどうかの一大事」まで含めて定義としたのである。

本願を信受すれば往生浄土できるし、信受しなければ地獄に堕ちることは自明である。

 しかしながら「必ず無間地獄に堕ちる」ことが後生の一大事であるとする、以前の高森親鸞会の主張は、片寄った見解といわねばならない。

同会の引用した文には「大事」とも「一大事」ともいう語はないのであるから、それらの文は、後生の一大事ということが「必ず無間地獄に堕ちる」ということであるという文証にはならないし、また、後生の一大事に二義ありという文証にもならない。

 それから、宿善論の問題の場合と同様であるが、今の問題についても『本願寺の体質を問う』(184頁)には、

本願寺は、この身このままこの様なりで死にさえすれば極楽往生、弥陀同
体、何時とはなしに法の尊さを知らされて念仏称えていれば、みんな信後
の者と思っているのが、そもそもの誤りなのである。「まことにもって坊
主分の人に限りて、信心のすがた一向無沙汰なりと聞こえたり。以てのほ
かの歎かしき次第なり」(『御文章』四帖七通)。このように圧倒的に多い信前の後
生の一大事を夢にも知らない本願寺の現状を見れば、特に坊主に信心決定
している者がいないことを深く歎かれたことがよく首肯される。

といって、本願寺が、平生業成・信心正因や、念仏の自力・他力の分別もなく、地獄一定も知らない無信心・無安心の集団であるかのように非難するのである。

しかし、前にも述べたように、これは、問題のすりかえにほかならない。

 以上のように、高森親鸞会の所論は、適確な文証もなく、真実開顕どころか、独善的一方的議論の繰り返しに過ぎないのであって、残念ながら私の呈した疑問に対する反論にはなっていないのである。

  • 各目次については読みやすくするため私において付した。