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明日ということはあるまじき... みんなの法話

提供: Book


明日ということはあるまじき...
本願寺新報2001(平成13)年8月1日号掲載
徳永 道雄(とくなが みちお)(京都女子大学教授)
人生は長さじゃない

え.秋元裕美子
先日、ある門徒のお宅で一枚の色紙を見せられました。
奥さんが書道のサークルに入っていて、年に一度開かれるそのサークルの発表会に出品したものだそうです。
色紙には、

<pclass="cap2">人生は長さじゃない
深さです
幅です

と書いてあり、文字の配列やスペースの取り方が絶妙で、なかなか見事なものでした。

それを見た私は「この言葉はどこかで聞いたことがあるな」と思ったのですが、奥さんは「いい言葉を教えていただいて、ありがとうございました」と、私に向かって礼を言うのです。
私はこれをその奥さんに教えたという記憶はまったくなかったので、「何かの間違いでしょう」と言ったら、彼女は「いいえ、間違いではありません」と断言します。

よく訊(き)いてみると、この言葉は真宗教団連合発行の「法語カレンダー」の去年十二月の法語で、彼女は私からこのカレンダーをもらったことに対して礼を言ってくれたというわけでした。
じつは、私の自坊では毎年十二月にこのカレンダーを一部ずつ門信徒に配ることにしているのです。

ところで、発表会でこの色紙を見た人たちの中には、同じ言葉を書いてほしいと、その奥さんにお願いする人が多かったといいます。
また、会場でこの言葉をメモしている人も沢山いたそうです。
ということは、この言葉が多くの人を納得させるほどの意味と内容をもっていたということでしょう。

仏教の真理―無常
さて、自坊に帰って、去年の「法語カレンダー」を探し出して最後のページの解説を読みますと、右の法語は大谷派の金子大栄先生が遺(のこ)された言葉だということがわかりました。

「人生は長さじゃない 深さです 幅です」というこの言葉が多くの人たちの関心を惹(ひ)いたのは、コピーライターの作ったコマーシャルの文句と同じように、ただ語感だけで人々を惹きつけたのではないでしょう。
私は、この言葉には無視したり聞き流したりすることのできない意味が込められており、それゆえに多くの人たちの心をとらえたのだと思います。
しかもそれは仏教の真理に照らしてはじめてほんとうに理解することができると思うのです。
だから法語というべきでしょう。

まず、この法語の背景には仏教の説く基本理念である「無常」という真理があることに気づかされます。
つまり、「無常」が動かすことのできない人生の現実であるかぎり、人生はその長さをもって第一の価値とすることはできません。
なぜなら、私たちの生命はいつその終焉(しゅうえん)を迎えることになるかわからないからです。

ひところのように盛んではなくなりましたが、今でも「脳死・臓器移植」の問題が論じられることがあります。
ある事情から、私は過去十数年の間この問題に関(かか)わってきたので、仏教徒としてどのようにこれに対処すべきかをいつも考えてきました。
そして、もしも臓器移植のもたらすものが生命を延長すること、つまり「人生は長さだ」という価値観を実現することだけなら、そこに仏教的な意味は認めることはできないと思うようになったのです。

逆に、臓器移植によって一日でも生命を永らえて、「人生は長さじゃない」という教えに遇(あ)うなら、現代医学の成果はそのまま仏教に結びつくものとなるでしょう。
けれども、臓器移植をしても死ぬ、しなくても死ぬ、というこの厳然たる事実を仏教徒としてはまず念頭に置いておかなければなりません。

命いつ終えようとも
『蓮如上人御一代記聞書』に、「仏法には明日(あす)といふことはあるまじき...」(注釈版聖典・1280頁)という言葉が収められていますが、これは聞法の大切さを喚起するという文脈の中で用いられたものでありながら、実は私たちの生命の根本的な意味を示唆しています。

それは仏法なくしては私たちの人生は決してその意味を充足することはできないし、またそれが可能になるのは今日の聞法によるということなのです。
言い換えると、今日の聞法が私の人生の最終的な意味を与えてくれるということなのです。
これはまた、仏教の真理にふれることができさえしたら、この命がいつ終わろうとも私の人生に完結するということでもあります。

以上のことを考慮に入れると、「人生は長さじゃない 深さです 幅です」という法語は、仏教の説く「無常」の真理に立脚して、しかもそれを超えてゆくような生き方、すなわち今日一日の生命が私の人生の価値のすべてを象徴するような生き方を教えてくれるものであることをおわかりいただけると思います。



 出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。
http://www.hongwanji.or.jp/mioshie/howa/