操作

悲しみを超えて みんなの法話

提供: Book


悲しみを超えて
本願寺新報2001(平成13)年10月10日号掲載
溪 宏道(たに こうどう)(布教使)
死を無駄にしないで

え.秋元裕美子
「ご院家(いんげ)さん。
うちの子は一体どうなったんですか」

これは、二人息子の長男を亡くされた、あるご門徒の奥さんの言葉です。
もう八年も前になります。
亡くなったその長男のA君は、高校を卒業し就職して二年目、まだ十九歳でした。
それも突然死で、朝ごはんの時まで、彼の死にだれも気づかなかったのです。

「昨日まで、あんなに元気だったのに。
なぜ、どうして......」

驚きとやるせなさの入り混じった悲しいお葬式でした。

翌日、家族と親戚の方が礼参にこられました。
おつとめのあと、「どうぞ」と、お茶とお菓子をすすめたときでした。
突然、奥さんが、「ご院家さん。
うちの子は一体どうなったんですか」といって、慟哭(どうこく)されたのです。

私は応(こた)えに詰まりました。
もちろんこの人がよくお寺に参って、お説教を聞いてくださっていたのなら、すぐに答えたはずです。
「間違いなくお浄土へ往生して、仏さまになられましたよ」と。
でもそれまで聴聞されたことは一度もありませんでした。

しばらく考えて、次のように答えました。

「奥さん。
どう申し上げたらいいんでしょうね。
『A君はお浄土に往生して、仏さまになられましたよ』と、私がそういえば、それであなたは納得できますか。
......恐らくそうではないでしょう。
奥さん、A君がどうなったのか、私にはわかりません。
でも阿弥陀さまなら教えてくださいます。
だからお寺に参ってください。
そしてお説教を聞いてください。
いつかきっと、あなたのその問いに、阿弥陀さまが直接答えてくださるに違いない。
だからお寺に参ってお説教を聞いてください。
お願いします。
A君の死を無駄にしないでください」

少し厳し過ぎたかもしれません。
しかし奥さんの命がけの問いに、そう答える以外にはありませんでした。

ところが、これがご縁になったのです。
それから奥さんのお寺参りがはじまりました。
報恩講、彼岸会、永代経法要、お盆会、常例法座と、ご法座のたびに参詣されるようになりました。

あの子のおかげ
あれから八年が経ちました。
決して華やかで目立つ人ではありません。
でもいまでは聴聞のときには演台の一番前に座られます。
そして「なんまんだぶつ、なんまんだぶつ」と、お念仏を称(とな)えながら、ときにはハンカチで目頭をおさえて聴聞されています。
そんな姿を見るたびに、「ご院家さん、あの子がどうなったかではありませんでした。
あの子のおかげでありました」と、嬉(うれ)しそうに語りかけてくださっているように思えてなりません。
寡黙な方ですから、それを口に出していう人ではありません。
だからよけいにその姿を通して感じられるのです。
そして、これが本当なのかもしれないなと思うのです。

お念仏に遇(あ)うとは、大きな喜びの世界をいただくことです。
だからその喜びを嬉しそうに語られる方もおられます。
でも言葉に出さなくてもいいのです。
むしろ言葉にしたら、それを飾ってしまうのが人間です。
お念仏の喜びは飾る必要などないはずです。
飾らなければ喜べないものではありません。
また誰かに語って、喜びをわかってもらわなくてもいいはずです。
なぜなら、この世でたった一人、本当にわかってくださる方がいらっしゃるのですから。

奥さんはA君を亡くして、これまでどんなに辛く悲しい日々を送ってこられたことでしょう。
その悲しみはいまも変わらないと思います。
思い出しては涙されているに違いありません。
お念仏の喜びは、そんな悲しみや辛さを、忘れたりあきらめたりして得られるのではありません。
悲しみは悲しみのままです。
けれども、誰に話してもわかってもらえない悲しみを、ただひとり抱きしめて泣かねばならないとき、なんの気兼ねも遠慮もなく思いきり泣けるのがお念仏の世界です。
そこに本当の喜びがあります。

み親のよび声
南無阿弥陀仏は、「何もいわなくてもいい。
この親だけはわかっているぞ」と、私のすべてを見抜き、悲しみの涙を流して喚(よ)んでくださっている、阿弥陀さまの喚び声です。
そこには大悲のみ親の暖かい心の温もりがあります。
私たちはこの温もりをいただいてはじめて、悲しみを忘れたりあきらめたりして人生をごまかして生きるのではなく、悲しみを悲しみと受け止めながら、それを超えていくことができるのです。
そこに悲しみの涙を流して別れた人に対しても、「あなたのおかげでありました」とまでいえる世界が開かれてくるのです。



 出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。
http://www.hongwanji.or.jp/mioshie/howa/