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アメリカでお念仏 みんなの法話

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アメリカでお念仏
本願寺新報2005(平成17)年4月20日号掲載
北米・ベニス仏教会駐在開教使 ジョン 庵原(いおはら)
1898年開教使派遣

アメリカ本土(北米開教区)における開教は百七年もの歴史があり、現在、西海岸から東海岸まで六十のお寺が建立され、そのうちロサンゼルス市やサクラメント市などの五カ寺は本山の別院です。
さらに浄土真宗を中心に仏教を研究する仏教大学院も開設されています。
このような環境のもと、アメリカに育った私がお念仏に出あい、日本に留学して真宗を学び、現在アメリカで開教使として伝道活動をさせていただいているのです。

毎年、北米開教区では伝道のテーマを掲げています。
今年は「自信教人信(じしんきょうにんしん)」。
自ら信じ、そして人に教えて信じさせるという善導大師のお言葉です。
開教使としてこの言葉を味わう時、私は伝道する立場を取りながらも、実際には伝道されるほうが多いと感じさせられます。

例えば、私がどうしてアメリカでお念仏に出あえたのか、さらにその出あいを通してどうして僧侶になることができたのかと考えると、一八九八年にアメリカ本土にお念仏の種をまいて下さった、またそれをまもって下さった大勢の皆さんのおかげにほかならないからです。

キリスト教社会の中で
これは口では簡単に言えますが、当時の社会状況を考えるならば困難を極めたに違いありません。
当時、日本の本山に開教使の派遣を懇願する手紙が送られたのですが、そこには「四面楚歌(そか)」「剣の山に座するが如し」といった表現で、異教徒の国での切実な思いがつづられています。

現在、日系人は三世や四世の世代となり、アメリカはもう異文化の国だと言えなくなりましたが、真宗門徒にとってはいまだ異教徒の国です。
例えば、現在でも浄土真宗の青少年たちは、キリスト教信者の同級生からキリストを信じなければ地獄に落ちると言われることが少なくないそうです。
この現実にどう答えればいいのか、アメリカにおける伝道の一つの大きな課題だといえます。

さて、このような他宗教からの声に対し、私は三通りの受け取り方があると考えます。
第一は、その言葉を素直に受けて、キリスト教に回心します。
第二は、宗教の矛盾を感じて、宗教を完全に離れます。
この二つの考え方からでしょうか、昨年末のロサンゼルス・タイムスの記事に、門徒数が五万人から一万七千人まで、約五分の二に減少していると報道されていました。

なんの心配もない世界
このような二通りの受け取り方に対して、第三の受け取り方は、仏教を否定されることは「逆縁」だと味わい、浄土真宗をより深く聞こうとすることでしょう。
私が地獄に落ちるとするならば、浄土真宗はそれに対してどう答えるのか、という自問自答となります。

この問題は決して新しい問題ではありません。
例えば『歎異抄』には「いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし」(註釈版聖典833ページ)と親鸞聖人のお言葉があります。
自分の人生が完全に否定されても、聖人が力強く生き抜ける道を歩んでいる姿を示して下さっています。

そして、それはどうしてかと私たちに答えるために、「弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言(きょごん)なるべからず。
仏説まことにおはしまさば、善導の御(おん)釈虚言したまふべからず。
善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。
法然の仰せまことならば、親鸞が申すむね、またもつてむなしかるべからず候ふか。
詮ずるところ、愚身(ぐしん)の信心におきてはかくのごとし」(同)と述べて下さっています。

お念仏の中に、こういう力を与えて下さるはたらきがあるのです。
異教の人が私に地獄に落ちると脅かしても、南無阿弥陀仏の光の中に生き抜かれた先輩たちが、いま生き抜こうとしている仏青たちや私を応援しながら、その地獄までやって来て、最後まで捨てることなくたすけて下さる阿弥陀さまがおられるのです。
なんの心配もない世界が、浄土真宗にはあるのです。
人生を恐れなくてもよい、すべての人々を捨てられないとよびかけられる南無阿弥陀仏を、そして「自信教人信」のお言葉を心に、これからも開教使としてお念仏の生活をしていきたいと思います。



 出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。
http://www.hongwanji.or.jp/mioshie/howa/