よび声の温もり みんなの法話
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よび声の温もり
本願寺新報2006(平成18)年4月10日号掲載
本山・布教研究専従職員 平野 孝史(ひらの たかし)
お母さんを呼び続けて
「お母さん、お母さん、お母さん・・・」
テレビ番組「初めてのお使い」の一コマです。
この番組では、三歳から小学校低学年ぐらいの子どもが、人生初のお使いをする様子が映し出されます。
その日は萌ちゃんの家の引っ越しの日でした。
お母さんが萌ちゃんにお使いを頼むところから物語は始まります。
「萌ちゃん、今日はお引っ越しの日だね。
新しいお家で、お引っ越しのお祝いをするから、いつものスーパーでおすしを買ってきてくれない。
お母さんは新しいお家のお掃除しないといけないから一緒に行けないの。
お姉ちゃんだから一人で大丈夫だよね」
お姉ちゃんと言われてうれしかったのでしょう。
萌ちゃんは歌いながら出かけていきます。
スーパーでおすしを受け取り、スキップで帰ってきました。
ところが、家に着きドアを開けようとすると、鍵が閉まっていています。
萌ちゃんは玄関のチャイムを鳴らしましたが、大好きなお母さんがドアを開けてくれる気配がありません。
実は、萌ちゃんは今まで暮らしていた家に帰ってきたのでした。
それが冒頭の場面です。
萌ちゃんはただひたすら、お母さんを呼び続けます。
「お母さん」と呼び続けるうちに泣きじゃくり、座り込んでしまいました。
親の慈愛が名を呼ばせ
どれぐらい時間が過ぎたことでしょう。
萌ちゃんは立ち上がり、「萌ちゃん、お姉ちゃんだから大丈夫だもん」。
そう言うと、お母さんの待つ引っ越し先の家に力強く走り出しました。
引っ越し先では、お母さんが花壇のブロックの上に立って、萌ちゃんの帰りを待っていました。
萌ちゃんの姿が見えると、お母さんは萌ちゃんの元に駆け出します。
涙を流して抱きしめるお母さんと、少しだけ成長した萌ちゃんの姿が映り、番組は終わりました。
そのとき私は、泣き続けていた萌ちゃんを立ち上がらせて、新居に向かわせたものは何だったのだろうかと思いました。
きっと「お使い頑張ったね。
もう少しだよ。
いつでもお母さんが一緒にいるよ」という萌ちゃんを思う親心が、母が子に注いだ慈愛が、萌ちゃんを立ち上がらせたのでしょう。
そんな萌ちゃんとお母さんの姿を通して、私は阿弥陀さまのお心を想(おも)いました。
萌ちゃんは「お母さん、お母さん」と呼び続けていくうちに、一人ぼっちじゃない、大好きなお母さんがちゃんと待っていてくれるんだということに、あらためて気付かされたのでしょう。
母を呼ぶ声は、子が母の名を呼んでいるように思えますが、実際は、我が子を産み、育ててきた母の慈愛が子に名を呼ばせているのです。
「お母さん」というたった一言も、母親の永く深い慈愛が呼ばせているのです。
強く明るく生きる世界
私たちは、誰にも代わってもらうことのできない人生を生きています。
時には苦難に突き当たり、人生の苦悩のドアの前で途方に暮れ、嘆き悲しむこともあるかもしれません。
阿弥陀さまは、苦悩のドアの前で一人たたずむ私たちと、南無阿弥陀仏のお名号となっていつも一緒にいてくださいます。
苦悩を抱えた私たちだからこそ、私たちの心に至り届き、「必ず救う」とはたらき続けてくださっているのです。
私が聞き、私が称えるお念仏は、「あなたを一人ぼっちにはしませんよ。
南無阿弥陀仏のみ名となり、いつもあなたと一緒にいますよ。
そして必ず、おさとりの世界、お浄土へと生まれさせますよ」という阿弥陀さまのお心のあらわれでした。
阿弥陀さまのお心やおはたらきは、私たちには到底はかり知ることはできません。
しかし、それだけに、南無阿弥陀仏のお名号の中に「必ず救う」という願いとおはたらきを込められた阿弥陀さまのお慈悲が、とても温かく感じられます。
初めてのお使いで萌ちゃんにはお母さんの言葉は少し難しかったようですが、その心と温もりは萌ちゃんに届き、萌ちゃんを立ち上がらせました。
私たちも阿弥陀さまの温もりを感じお念仏申させていただく中に、強く明るく生き抜く世界が広がっていたのでした。
出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。 |