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ゆうれいホー みんなの法話

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ゆうれいホー
本願寺新報2002(平成14)年5月1日号掲載
龍谷大学専任講師 杉岡 孝紀(すぎおか たかのり)
幽霊には三つの特徴
「ゆうれい ゆうれい ゆうれいホー」

もうすぐ三歳になる娘が変な踊りをしながら歌をうたっていました。

「それは何の歌なの? ヨロレイヒーならお父さんも知ってるんだけど」と聞くと、「おばけの歌やねん」といいます。
それで「幽霊、幽霊、幽霊ホー」と言っていることがわかりました。

最近お気に入りのNHKのテレビ番組で覚えた歌の一節らしいのです。
そして両手をだらりと垂らして「おばけ、こわいぞー」というのです。

すかさず私は「どうして怖いの」と聞くと、すこし困ったような顔をして「おねえさんが言ってた」と答えました。
なるほど。
「じゃあ、なんで幽霊は前に手を垂らしているのかな」と意地悪く聞くと、今度は唇をちょこんと尖(とが)らせて「いーの」といいます。

確かに、子どもにとってはそんなことはどうでもいいことに違いありません。

以前、幽霊には三つの特徴があるということを聞いたことがあります。
私自身は幽霊なるものを実際に見たことはありませんが、いわゆる幽霊画や怪談映画などに出てくる幽霊を思い起こすと、なるほどそこには共通したいくつかの特徴を見つけだすことができます。

手を前に垂らしているのも大きな特徴の一つです。
幽霊のまねをしてみなさいといわれたら、おそらく誰もがこのおなじみのポーズをとるのではないでしょうか。
そして細く震える声でもって「恨めしやー」というわけです。

過去と未来にとらわれ
では三つある特徴のうちの二つ目の特徴は何かというと、髪の毛が長いということです。
特に後ろに髪が長いのです。
あまり短髪角刈りの幽霊というものを聞いたことがありません。
そして三つ目の特徴は足が描かれていないということです。
だいたい幽霊はふわりと浮遊していて、歩き回ったりしないようです。
このように、後ろ髪が長く、両手が前に垂れていて、足が描かれていないということが幽霊の特徴として考えられます。

そしてこれらの特徴には一つひとつ意味があるそうです。
例えば、髪が後ろに長いという特徴は、後ろにひっぱられる様を表しています。
後ろというのは時間的に後ろということで、過去のこと、今より昔を意味しています。
よく後ろ髪ひかれるということをいいますが、髪が後ろに長いというのは、既に過ぎ去ってしまった昔、過去のことにとらわれ、そこから離れられない状態を表しています。

私たちは年をとるにつれて、「ああ昔はよかった」「あの頃が懐かしい」と口にすることが多くなります。
人によってはもっと強く過去の栄光にすがるということもあります。
過去を追い求めているということでしょう。

次に両手を前にだらりと垂らしているというのは、姿勢が前のめりになっているわけで、今度は時間的に前、つまり未来にこころ奪われる様を表しています。
未来は誰にとってもいつも不確かなものです。
たとえどんなに過去から学んで未来に備え対処しても、予想を超えた出来事はつねに起こります。
だから先の見えない将来は不安で常に心配がつきまとうわけです。

念仏一つで仏になる
ところで一昨年、私は肝臓と胆嚢(のう)をつなぐ胆管が狭くなる病気になり、約半年間の入院生活を送りました。
およそ二カ月間に及ぶ検査の結果、やっと下された診断は、極めて症例の少ない原因不明の肝疾患でした。
しかも進行の具合によって、将来的には肝移植を考える必要があることも告げられました。

ただ私の場合、早期の発見であったために、幸い今すぐに移植にふみきらなければならない状態ではなく、当分の間は投薬による治療を行うことになりました。
そしてこの春、退院して無事半年が経ちました。

今もこの先どうなるのだろうかという不安はつきまとうのですが、体力が回復するにつれて、はじめは「どうしてこんな病気になってしまったのだろうか、何が悪かったのだろうか、ああしておけばよかった...」と、ただ過去の行為を悔やんで繰り言を言うことが多かったのですが、ようやく病気を受けいれることができるようになってきました。

人は病気など苦しい時ほど過去を追い、未来に怯(おび)えるものだということを実感しました。
そして自分の足元が見えなくなります。
これがまさに幽霊の三つ目の特徴、足が描かれていない理由でしょう。

さて、このように過去にとらわれ、未来に迷い、そして自分の現在の姿を見失っているのが幽霊の姿です。
そうすると、幽霊とは誰のことかというと、そうです、それはほかでもないこの私自身の姿だということに気付かされます。

朝、顔を洗うときによく鏡を見て下さい。
そこに幽霊がいるのです。
親鸞聖人は阿弥陀仏は念仏ひとつで、この幽霊のような私たち凡夫を仏にまで育てて下さることを明らかにされました。
不可思議なことです。

娘はそんなことを知るよしもありませんが、今日も「ゆうれい ゆうれい ゆうれいホー」と実に楽しく踊っています。
思わず私も「ゆうれいホー」と娘に声を合わせました。


 出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。
http://www.hongwanji.or.jp/mioshie/howa/