ひとすじの道 みんなの法話
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ひとすじの道
本願寺新報2006(平成18)年10月10日号掲載
布教使 米田 順昭(よねだ じゅんしょう)
楽しい旅になるはずが
私が中学を卒業した時の話です。
小学校時代の先生の影響もあって、私は自転車に乗るのが大変好きでした。
そこで友人と二人で、北九州に転校した友人宅まで、自転車で行こうという計画を立てました。
広島から北九州までの道や宿泊所などを探し、荷物を積んでいざ出発。
楽しい旅になるはずでした。
二人の中では完璧な計画だったのですが、しょせんは子どもの計画です。
とてもじゃないけれど、北九州まで行けるわけがありませんでした。
途中で引き返すのも恥ずかしく思い、二人で途方に暮れていました。
その時、友人が以前に家族と一度だけ行ったことがあるという防府の健康ランドのことを思い出し、急きょ、「そこで一泊して帰ろう」ということになりました。
進路を防府へ変更し、再び自転車を走らせました。
もちろんその道は、当初の計画にはありません。
友人の記憶をたどり、地図を見ながら、人に聞きながら、私たち二人は防府に向かっているはずでした。
しかし、行けども行けども防府に入りません。
入らないどころか、頼りにしていた友人も「ここはどこだろう」と言い出す始末。
いよいよ私たちは、完璧な迷子になってしまいました。
地図を見てもわからず、人に聞いてもわからないといわれ、行けども行けども、どこに向かっているのかさえわかりません。
しかし、それでも私たちは自転車を走らせました。
これこそが救いの言葉
日が暮れかけてきたので、早く人に尋ねなければいけないと思い、手当たり次第に尋ねました。
すると、ご存じの方がいらっしゃったのです。
「健康ランドだったら、そこを曲がって、こう行ったら左側にあるよ。
そんなに遠くないよ」
まさに救いの言葉でした。
「ありがとうございます。
この道をすすめばいいんだ!」
それがはっきりとわかった今、私たちはもう迷子ではなくなったのです。
私たちは疲れも忘れて自転車を走らせ、無事に到着することができました。
「迷子」となっていた私たちは、現在地もわからず、自分の歩みがどこに向かっているのかさえもわからず、さらにそれを尋ねる人もいないとき、不安で不安で仕方のない状態になりました。
仏教では、私たち人間は「迷い」の存在であると説きます。
今の私のいのちの意味がわからず、それを尋ねる人もなく、また、このいのちの行く先がどこであるのかさえわからない。
人生の一歩一歩にほんとうの意味を見いだせないでいることを「迷い」といわれるのでしょう。
親鸞聖人は、阿弥陀さまが大悲を込めて私を喚(よ)んでくださっているお喚び声が『南無阿弥陀仏』であるといわれます。
「お願いだから、本願のいわれを聞いて、お念仏申す道を歩んでおくれよ。
それが最も安らかな道だよ」と、私を喚んでくださっているのです。
どんな人生歩もうとも
阿弥陀さまのお救いは、死んだ後ではありません。
旅で迷子になった時は、ただ目的地に着くことだけが救いではありません。
はっきりと目的地につながる「道」を知らされることが第一の救いです。
同様に、阿弥陀さまも我が人生に向けて、この道を行けと、お念仏の人生を示してくださっているのです。
目的地が見えないことを嘆くことはない。
だから、道が与えられているんだ。
私の人生はいろんなことがあるだろうけれども、それでも我が人生は一筋だ、と力強い人生を恵まれるのです。
妙好人(みょうこうにん)「六連島(むつれじま)のお軽(かる)」さんは「重荷せおうて山坂すれど、御(ご)恩おもえば苦にならず」と詠(うた)われています。
いつ何が起こっても不思議でないこの人生は、重荷を背負って山坂を登るようなものかも知れません。
しかし、阿弥陀さまは、あなたがどんな人生を歩もうとも必ず救い取ってみせると、南無阿弥陀仏のお喚び声となって私のいのちに寄り添って私を導いてくださるのです。
一人で苦しんでいると思っていたけれど、その苦しみを受け止めてくださる大悲があった。
私は阿弥陀さまとともに、お浄土へ向かって一筋の道を歩むのです。
出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。 |