この私、救われぬ みんなの法話
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この私、救われぬ
本願寺新報2001(平成13)年11月10日号掲載
平島 義仁(ひらしま ぎじん)布教使(鹿児島)
現金がほしい
え.秋元裕美子
「私にも老齢年金ゆうのが出てるんでしょ。
全部とは言わんから、少し私にも分けてくれるように、あなたから若夫婦に言うてくれんね」
八重さんの口から出た言葉に、静夫さんは自分の耳を疑いました。
無理もありません。
たった今、静夫さんは、八重さんのおかれた幸せな境遇を喜ぶよう、八重さんに促したばかりだったからです。
寝たきりの八重さんは、既に独り身ですが、同じ敷地内に息子夫婦が住んでいて、息子夫婦は日ごろから介護に務め、八重さんは寝たきりとはいえいつも身のまわりは万全で、その様子は近所から羨(うらや)ましがられるほどでした。
静夫さんは七十四歳、長年教鞭(べん)を執った中学校を定年退職し、その後は民生委員として町の福祉のために過ごす毎日でした。
以前からお寺にはお参りをしていましたが、退職をしてからその縁はより深まり、今ではお寺のご法座は欠かさず参るようになっていました。
今日は少し時間が空いたので、八重さんの様子を見に家を訪れたのでした。
実直で親思いの息子夫婦が八重さんの介護を十二分にしていることや、年金も息子夫婦が八重さんのために大切に積立をしていることを知らされていた静夫さんは、この上、現金がほしいと請う言葉に驚き、その欲にかられた醜い姿を見たのでした。
と同時に、いつもお寺で聞く「凡夫とは、いかりやそねみ、ねたむ心が多く、その欲は死ぬ瞬間まで消えることはない」という法話の一節を思い出し、まさにその様を眼前に見る思いでした。
寝とけばいい
静夫さんは、すぐさま返して言いました。
「八重さん、今言ったばかりじゃない。
八重さんほど幸せなおばあちゃんはおらんのよ。
欲しいものがあれば若夫婦は何でもすぐに買ってきてくれるじゃない。
今さらお金のことなど言うもんじゃないよ。
こんなによく介護してもろうて、お金のことなど考えんと一日安心して寝とけばいいんよ。
わかった、八重さん」
それは、長年民生委員を務めてきた静夫さんの八重さんに対する訓告であり、仏法聴聞を重ねてきた静夫さんからの戒めの言葉でもありました。
八重さんは、その言葉をハアハアと首を幾度となくもたげながら聞いていましたが、静夫さんのそれが終わった時こう言ったのです。
「ようわかりました。
静夫さんの言われる通りや...。
でも、こんな寝たきりの身の私にも孫がいるんです。
この前、小学五年生の孫がね、母親が、煮物を作ってくれたと言って、隣町から自転車をこいで私の所まで持って来てくれたんですよ。
こんな嬉しいことはないじゃないですか。
その時に、『ようこそ、持ってきてくれたね。
ありがとう。
これ、おばあちゃんからのご褒美だよ』と言って、わずかでいいから、私の手から孫にお小遣いをあげたかった...」
「その前には、幼稚園に通う孫が、敬老の日にちなんでおじいさんおばあさんの絵を描きましょうと、寝たきりの私の姿を描いて、その絵が上手で幼稚園で誉められたと言ってたんです。
その時も『よう上手に書けたね。
おばあちゃん嬉しいよ。
クレヨンの一つでも買いなさい』と、ご褒美をあげたかった...。
静夫さん、私が思うことはそんなにいけないことでしょうか」
新たな輝きを
八重さんの言葉は、その切ない気持ちを押さえるように淡々としていましたが、静夫さんの耳には先ほどまでの心を翻す働きとなって大きく響いてきました。
寝たきりの老人は、まんべんなく介護をしてさえいれば十分に幸せ、一日何もせず寝てさえいれば幸せというその思いを鋭く突く言葉となって返ってきました。
とたんに、「八重さん、言うことはようわかった。
また来るわ」と、静夫さんは言葉を残して家を出ました。
そして、ハンドルを握る手はいつも通うお寺に向いていました。
夜七時を過ぎていましたが、住職に本堂の扉を開けてほしい旨を伝え、阿弥陀さまの前に座り、手を合わせお念仏を称えました。
その声は物音一つしない夜の御堂の隅々にまで響きわたりました。
「どうしたの、こんな時間に...」と、しばらくして住職が不思議そうに聞きました。
静夫さんは、ここに来るまでのことをすべて話しました。
「ご院さん、お粗末や。
凡夫は八重さんじゃなかった、ここにおった。
私はこの何年、どこを見て民生委員の仕事をしとったんやろ、何思うて阿弥陀さんの教えを聞いてきたんやろ...。
一日何もせんでええ、何も考えんでええ、寝とけば幸せいうのは、既に一人のばあさんを心の中で殺(あや)めてしもうとるのと同じですわ。
なんとお粗末なことを...」と、阿弥陀さまの前で深く慚愧(ざんぎ)するそこには、住職の言葉一つ挟む隙間はありませんでした。
「ご院さん、やっぱり阿弥陀さんしかおらんわ。
ほかの神さんや仏さんじゃ、こんな私は救われん...」
合わせた手を膝に下ろし、そう言い放つ静夫さんの目は、大いなる智慧の光に照らされて、また新たな輝きを得たように見えました。
出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。 |