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いのちにひびくもの<br/>
本願寺新報2002（平成14）年7月20日号掲載<br/>
滋賀・浄光寺前住職　藤澤　量正（ふじさわ　りょうしょう）<br/>
歓び迎えられることば<br/>
仏典のなかでも最も古く、釈尊のことばに近い詩句を集成したと言われる『スッタニパータ』（中村元訳）の四五一に<br/>

<pclass="cap2">自分を苦しめず、また他人を害しないことばのみを語れ。<br/>
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これこそ実に善く説かれたことばなのである。<br/>
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とあります。<br/>
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私たちは、平静でないときはことばが乱れ、相手のみならず自分自身をも苦しめることが少なくありません。<br/>
ことばは、語るにしても聞くにしても、その人のいのちが相手にひびくのですから、私たちが生きてゆく上で極めて大切なものなのです。<br/>
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したがって『スッタニパータ』の四五二には<br/>

<pclass="cap2">好ましいことばのみを語れ。<br/>
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そのことばは人々に歓び迎えられることばである。<br/>
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と説かれています。<br/>
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そこで私は、よく知られているロシアの文豪ツルゲーネフの『散文詩』に出てくる逸話を思い出すのです。<br/>
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―――通りを歩いていると、老人が赤くむくんだ手をわたしにさしのべた。<br/>
うめくようにお助けをという。<br/>
物乞いであった。<br/>
わたしはポケットのなかを探したが、財布もなく、ハンカチ一枚もなかった。<br/>
老人は待っている。<br/>
さしのべた手はわなわなとふるえている。<br/>
わたしは途方に暮れて老人の手をかたく握った。<br/>
「悪く思わないでおくれ、本当に私は何も持っていないのだ...」<br/>

すると老人はただれた眼でわたしを見ながら私の冷たくなった指を握りかえした。<br/>
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「気にお掛けなさいますな、旦那、もう結構でございます。<br/>
これもありがたいおほどこしですから...」<br/>

このことばを聞いてわたしもこの老人からほどこしを受けた思いを持った...。<br/>
―――<br/>

ツルゲーネフの『散文詩』のなかのこの逸話は、老人と作家の間に交わされた会話に、とてもあたたかないのちが通い合っているように思えるのです。<br/>
この作家のことばは、冷え切った老人の胸に恐らく「歓び迎えられることば」となって彼に言い知れないあたたかさが注がれたでしょうし、作家もまたこの老人から、冷えてきた指を握られながら、「これもありがたいおほどこしですから」と言われて、大きな感動を覚えたのでありましょう。<br/>
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まさしくそれは『雑宝蔵経（ぞうほうぞうきょう）』に説かれている「無財の七施」のなかの「言辞施（ごんじせ）」（ことばの施し）や「心施」（まごころの施し）そのものであったのだと思うのです。<br/>
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「それはよかった」<br/>
このたび勝如上人のご遷化（せんげ）によって、宗門は深いかなしみにつつまれています。<br/>
私も、各方面へご出向になられたとき、いくたびもお伴（とも）をさせていただいて、何かとご化導を賜っただけに、慈父を失ったような痛惜の思いが消え去ることはありません。<br/>
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取りわけ私が声を失って失意の日々を送っていたときに、わざわざご親書を頂戴して、励ましと慰めをいただいた感激は、終生忘れられない思い出です。<br/>
お手紙には「いつからかお声が出なくなったと聞きましたが、最近の具合は如何（いかが）ですか。<br/>
日常生活に差し障りはありませんか」とやさしくお尋ねいただいた上に、「布教の方は文書伝道という方法もあるわけですから、その方法を活用してご努力下さい」と励まして下さったことを今も身に沁（し）みてありがたく思っているところです。<br/>
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先年、九月末のことでしたが、たまさか「国際仏教文化協会」の二十周年記念大会に参加したところ、前門さまも車椅子でご出席になられました。<br/>
記念式のあとのレセプションのときに、私は器具を用いてご挨拶を申し上げたのですが、前門さまはとてもおだやかなご表情で、私に「耳の方は大丈夫なの？」とお尋ねになったことでした。<br/>
「ハイ」とお答えすると、「それは　よかった」とにっこりほほえんで下さったのでした。<br/>
「それは　よかった」というお言葉は、とてもおだやかなひびきがあって、私の心に言い知れないよろこびがひろがったことを今もなつかしく思い浮かべているところです。<br/>
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よび続けの如来さま<br/>
思えば私たちは、いつもお念仏を相続させていただいておりますが、私が称（とな）える前に、つねに如来さまから喚（よ）びつづけられているということを忘れてはならないのです。<br/>
私にたしかにとどくまで喚びつづけて下さる如来さまの大きなめぐみに気づいたとき、その後のお念仏はただただご恩報謝の称名に他ならないことを私たちはいつもお聞かせいただいております。<br/>
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しかも私が称えるお念仏を通して、南無阿弥陀仏のおいわれをまちがいなく聞きひらくことが出来れば、如来さまはきっと「それはよかった」と私といっしょになってよろこんで下さることでありましょう。<br/>
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かつて前門さまは、お念仏の道は「おかげさまと生かされ、ありがとうと生き抜く道であります」とお諭（さと）し下さいました。<br/>
お念仏を申す人生はおだやかに生きる道が得られるのです。<br/>
『スッタニパータ』の四五四には<br/>

安らぎに達するために、苦しみを終滅せしむるために、<br/>

仏の説きたもうおだやかなことばは、実に諸々のことばのうちで最上のものである。<br/>
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と説かれています。<br/>
私たちは、ことばこそいのちであるということを、いついつまでも心に留めたいものであります。<br/>
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