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そのまま来いよ みんなの法話

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そのまま来いよ
本願寺新報2002(平成14)年11月20日号掲載
布教使 岸 實瑩(きし じつえい)
仏縁にあいながらも...
「それ、千生(せんしょう)にも受けがたきは南浮(なんぶ)の人身(にんじん)、万劫(まんごう)にも値難(あいがた)きは西土の仏教なり。
しかるに、今、横超(おうちょう)の直道(じきどう)たる当流の門葉(もんよう)に連なり、宿善開発(かいほつ)して、堅固の信心に住せらるる事、喜びの中の喜び、何事か是にしかん」

このご文は、第十九代本如上人のご消息(手紙)の一節です。
受け難い人間の生を受け、遇(あ)い難い仏教に遇わせていただき、今、浄土真宗の他力の信心をめぐまれていることは、何ものにも代え難い無上の喜びであるとおっしゃるのです。
このお言葉に、広大な仏縁に遇いながらも、それをなかなか喜ぶことのできない私であることを、あらためて知らされる思いがします。

残念なことに、近頃は相次ぐ自殺や凶悪犯罪により、多くの命が絶たれています。
このような人命軽視の風潮は、恵まれた生命の尊さを知ることのできないことから起こった悲劇といえます。
そしてそれは、生命の尊さを知る以前に、自己の真の姿を知ることのできない悲しさでもありましょう。

名号のひとりばたらき
俳聖といわれる松尾芭蕉は、みちのくの平泉を訪れ、「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」と詠んでいますが、すべてのものが跡形もなく消え去っていったところに、人生のはかなさを感じています。
しかし、はかない人生、そらごと・たわごとばかりで真実(まこと)のない人生であっても、阿弥陀さまのご本願に遇わせていただくことによって、はかりしれない無量のいのちが与えられ、さとりの世界であるお浄土にめでたく往生することがかなうのです。
それは取りも直さず、親鸞聖人がお示しになった他力の信心をいただくことが根本なのです。

この浄土真宗のお救いは「本願名号のひとりばたらき」であるといわれます。
救われる私の側には、何一つ用意するものはない。
「あらゆるいのちを南無阿弥陀仏の名号で必ずさとりの世界へ生まれさせる」という阿弥陀さまの「よび声」に、ただ信順していくところにお救いがあるのです。
ですから、自分の心に信心を得たか否かを詮索(せんさく)していては「よび声」は聞こえてまいりません。
「よび声」を聞くとは、私の方から何かを聴くのではなく、「よび声」のままに、そのお救いの間違いないことを喜ばせていただくばかりなのです。

坊や、私にお説教を
昔、「大和(やまと)の清九郎(せいくろう)」さんという念仏者がおられました。
清九郎さんと申しますと「ああ、あの有名な妙好人!」とうなずかれる方も多いと思いますが、清九郎さんは徳川四代家綱の時代、現在の奈良県の貧しい農家に生まれました。

清九郎さんは非常に親孝行な方で、天気の良い日には山へ出かけて薪(たきぎ)を切り、これをふもとの川できれいに洗って乾かし、束にくくってお寺やその他の用に役立てていました。

ある日のこと、来る日も来る日も雨が続いたので山仕事をやめにしてお寺に行きました。
坊守さんからお茶をいただき、お念仏申しつつ火鉢に手をかざしていると、九つになるお寺の坊やが、どういたずらしたのか、全身ズブぬれで帰って来ました。

これを見た清九郎さんは早速「これはどうしたことです、ぼっちゃん。
さあ爺(じい)やが洗ってあげましょう」と声をかけ、よごれた体を洗ってあげました。
着替えも出してもらい、ちゃんと着替えさせたところで火鉢の前に座らせ、退屈しのぎに坊やに話しかけました。

「坊やはおいくつですか」

「九つだよ」

「大きくなったら何になりたいですか」

「何になるって、お寺に生まれたのだもの、お坊さんに決まってらあ」

「なるほど。
それではお経は読めますか」

「まだ習っていないから読めるはずはないよ」

「なるほど。
それではお説教はどうです。
この私に一つ高座の上からお説教してくれませんか」

「お説教してくれって、そんなこと大嫌いだよ、いやだよ」

「そういわずに、お説教の文句は今、私がお教えしますから、その通りに、二、三回くり返して話して下さいよ。
その代わりお菓子をたくさんあげますから。
それから、お父さんがこの間ご本山へお参りされたときのお土産の僧衣、それを着て高座の上からできるだけ大きな声で『清九郎、そのまま来いよ』と二、三度言って下さればよいのですよ」

坊やはとうとうお菓子に誘われてこれを承知しました。
早速いわれた通り、父の土産の僧衣を着て、高座の上から大きな声を張り上げて「清九郎そのまま来いよ、清九郎そのまま来いよ、清九郎そのまま来いよ」と三度、続けざまに叫びました。

すると高座の下にいた清九郎さんは、「ああ何とありがたい親さまのおよび声、何と清九郎はしあわせ者であろう」と涙をボロボロ流して手を合わせ、伏し拝み、「久遠劫来(くおんごうらい)この清九郎は、親さまに背を向け通しできたが今日こそ清九郎、お念仏相続させていただきます。
ありがたや南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と涙に泣きぬれたのでした。

まさしく、久遠劫より現在まで、この私を見続け、よび通しによんで下さった親さまがおられたからこそ、この私の口からお念仏が出て下さるのだと知らされます。
「そのまま来いよ」とよんで下さるよび声のままに往(ゆ)くより他に何もない私であったと知らされるばかりです。



 出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。
http://www.hongwanji.or.jp/mioshie/howa/