Hさんの贈り物 みんなの法話
出典: Book
Hさんの贈り物
本願寺新報2002(平成14)年9月10日号掲載
布教使 花岡 静人(はなおか しずと)
とにかくお寺が好き
Hさんと初めて出会ったのは、とあるご法座。
ニコニコと本当に嬉(うれ)しそうにお聴聞なされているその姿は、なんだか、こちらまで嬉しくなるほどでした。
「あの方はなんとおっしゃるのですか」と、そばにいらしたお同行に尋ねずにはおれないほどでした。
「ああ、あの方ですか、Hさんとおっしゃってね、それは有り難い方ですよ。
お寺のお手伝いも率先して熱心になされていますしね。
何でも広島から大阪に嫁いでこられたそうで...」
その言葉に、なるほど、昔から広島はご法義どころと聞かせてもらっている、きっと幼い頃からお聴聞することが当たり前という環境であったに違いない...などと勝手に思っていました。
その後、ご縁があって、私は、Hさんのお手次ぎのお寺のお育てをいただくこととなったのです。
そして、Hさんとも親しくお付き合いをさせていただくようになりました。
とにかくご法義が大好き、お寺が大好きな方でした。
ご法座があろうが、なかろうが、お寺にみえられるのです。
庭の草むしり、庫裏(くり)のお掃除、果ては洗濯物の取り入れやアイロンがけまでなさって下さるのです。
毎日のようにみえられるわけですから、当然、親しくもなります。
その出会いの中、もともとは浄土真宗のご門徒さんではなかったこと、お聴聞どころか、お寺や阿弥陀さまに反発をもっていたことなど、思いもしなかったことを聞かせていただいたのです。
「私はね、阿弥陀さまに遇(あ)わせていただく以前は、違う宗教の熱心な信者だったんです。
ですから浄土真宗には、何の関心もなかったのです。
むしろ、あの頃は、朝夕、お仏壇にお参りするお母さんの姿やお寺でご法座があるたびに、喜んで参られるお母さんの姿を軽蔑(けいべつ)していたほどです」
何気なく語られるその言葉に私は驚きました。
心の底から心配される
「でもね、ある方が、浄土真宗のお話も聞かずに、教えも知らずに、ただ反発したり、軽蔑したりするのは失礼じゃないかとおっしゃったのです。
それでまあ、一応、お聴聞に参ったわけです。
もちろん嫌々ですよ」
「それで、どうだったのですか」
「初めはなんだか居心地が悪かったのですが、でも、お話を聞いているうちに、そんなこと忘れてしまいました。
いつの間にか引き込まれていったんです。
私のことをこれほど心の底から心配して下さる仏さまがいて下さる。
ホント、うれしかった。
素直にそう感じたのです。
それがご縁となりました。
以後は、お聴聞はいうまでもありませんが、とにかくお寺に来ることが楽しみで楽しみでしょうがないんです。
まるで、素敵な恋人に会うような気持ちなんです」
はにかみながらそうおっしゃいました。
「何が一番、違ったのでしょうか、もう少し詳しく教えて下さいませんか」
「どういえばいいのでしょうかね。
以前も、それはそれで充実していたように思います。
でも、このままではいけない、こんな自分ではいけないという焦りがずっとつきまとっていました。
まず、自分を変えなければ、そうでないと救われない、と思うのです。
だから変えようと努力します。
でも、そうすればするほど、これでいいんだろうか、大丈夫だろうか、と不安になるのです。
そして、その不安な気持ちをうち消すために、また、必死になっていくのです。
まるで、追いつけない救いを追っかけながら、すぐ追いついてくる不安と競争しているようなものでした。
もう、とにかく必死です。
だからでしょうね。
周りを見る余裕も、他の人の気持ちも考えられないんです。
その時は、それが、純粋な信仰の姿だと思っていました。
不安ばかりで、周りを見る余裕もない姿が、純粋な信仰だなんて、今はおかしく思えます。
如来さまは、私のそんないらない力みをとって下さったんです。
だって、心配は私がするのでなく、十分に阿弥陀さまがなさって下さったんですから。
その上で、あなたの心配の用事はないよ、私が引き受けた、と聞かせて下さっているのですから。
本当に、安心の如来さまに遇わせていただいてよかったです。
如来さまのおかげで、ちょっと余裕をいただいて、焦りなく、精一杯、動き回れます」
躍動される如来さま
私のことを心底心配して下さる如来さまとの出会い。
その出会いがHさんのいのちの方向を変えて下さいました。
Hさんの「いのち」に如来さまの躍動なさる姿がありました。
そして、それはそのまま、如来さまのお慈悲の中に躍動するHさんの姿でもありました。
いえ、Hさんだけではありません。
声となり言葉となり南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、今、ここ、私の上に如来さまがおはたらきです。
休むことなく出会い続け、聞かせ続けて下さる躍動の如来さま、その安心の如来さまに抱かれて、私も、焦りなく、動き回らしていただけます。
尊い言葉を聞かせて下さったHさん。
如来さまの中でこそ、お互いの深い出会いがあることを教えて下さったHさん。
時には厳しく、お育て下さったHさん。
「素敵な恋人に会うような気持ちなんです」―――昨年の六月、Hさんは、その如来さまのお浄土に参っていかれました。
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出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。 |
