飼主を 刎(は)ねて死なせし 76
出典: Book
朝日新聞に見た歌です。牛舎に何頭もの牛を飼う。三百六十五日の給餌、つまり毎日餌をやらねばんりません。生き物を飼う農家に、休みはありません。
農業経営の柱であった夫が死んだ。あろうことか、夫は自分で飼うている牛が刎(は)ねて、打ちどころが悪く命を落した。この驚き、悲しみ、言うべくもありません。地の底に引き込まれるような思い。それでも生き物がいます。牛を飼わねばなりません。哀しいことには、農家の主婦は、休みはありません。
夫の死後も連日牛舎に入る。昨日も今日も、牛の給餌をいたします。牛舎の端から順に給餌をしていって、やがて、夫を刎ねた牛の番。これにも桶に飼料を満たします。手抜きすることは一切ありません。
飼主を足げにして、刎ね殺した罪すら知らず、この牛は餌を貪り食う。犯した罪すら解らぬ愚かさに、ただもぐもぐと喰うばかり。”なんちゅう奴かいの、お前は。ナマンダブ ナマンダブ 。そうら喰え。喰うとる丈の、哀れな奴かい、ナマンダブナマンダブ”
釈迦は娑婆往来、八千返と説かれます。曠劫流転の私は、その間ずうっと、おみ法聞くどころじゃない。仏さまを謗り、仏法の邪魔をし、お慈悲を足げにするやらして、ために、生死を重ねてきました。それが今、おみ法の響く国にあって、お内仏のある家に生まれ育ち、ナマンダ仏の命に相成りました。
”娑婆永劫の苦を捨てて 浄土無為を期すること 本師釈迦の力なり 長時に慈恩を報ずべし”と、ここを宗祖が歌われました。
藤岡 道夫
