花に嵐 人に別れ みんなの法話

出典: Book


花に嵐 人に別れ
本願寺新報2000(平成12)年4月20日号掲載
三宮 義信(さんのみや ぎしん)(滋賀・正源寺前住職)
はかない命の私たち
え.秋元 裕美子
旧制膳所(ぜぜ)中学校時代の同級生・中井善作さんが、句集『西近江』を出版されました。
ぜひ読んでみたいと思って送っていただきました。
中井さんは、蓮如上人ゆかりの滋賀県堅田の人で、本願寺派のお寺の仏教壮年会長や門徒総代をつとめられた念仏者です。
『仏説阿弥陀経』の写経もされたと聞いています。

<pclass="cap2">   生き死には現世のさだめ春浅し
露の世に置きし吾が身を振り返る
夕蝉の今日の命を鳴きしぼる

はその中の句です。
はかない生命(いのち)の私たち、だからこそ今日一日を大切に生きようという、念仏者の姿が句集のあちらこちらにあらわれていました。

句集を読みながら、ふと私の心に浮かんだのは、『歎異抄』の中の「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」(「註釈版浄土真宗聖典」853頁)というお言葉でした。

他人事でない無常
『歎異抄』は、日本のみならず海外の人たちにもよく知られていますが、その中でもっともなじみの深いのがこの一節です。

昨年、『歎異抄-現代語版』(本願寺出版社刊)という『歎異抄』を現代の言葉でわかりやすく訳した本が出版されました。
皆さんにぜひ読んでいただきたいのですが、その本には、この箇所を、「わたしどもはあらゆる煩悩をそなえた凡夫であり、この世は燃えさかる家のようにたちまちに移り変わる世界であって、すべてはむなしくいつわりで、真実といえるものは何一つない。
その中にあって、ただ念仏だけが真実なのである」(現代語版50頁)と解釈しています。

文中の「火宅無常の世界」、すなわち「この世は燃えさかる家のようにたちまちに移り変わる世界」をふつう「諸行無常(しょぎょうむじょう)」といっています。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常のひびきあり」という『平家物語』の諸行無常です。

諸行とは「この世の中のもの」、無常は「移り変わっている」ということです。
「この世の中のものは一瞬一瞬に移り変わっている」という意味ですから、当然その中には私もあなたも含まれています。
したがって無常は私自身のこと、あなた自身のことで他人事ではありません。

ところが、日常仕事に追われている私たちはそれをつい忘れてしまいます。
友人が亡くなったり、身近な人に先立たれると、その時にはふとわれにかえって涙を流すこともありますが、またいつの間にかそのことを忘れてしまいます。
悲しいことですがこれは私自身の現在の心境です。

まことの道理
しかし、よく考えてみますと、そういう私だからこそお念仏の教えを聞き学ぶ必要があるのです。
そして日頃忘れがちな大事なことを思い出させてもらって、少しでもよかったなと思える生き方をしていくのです。

中国の諺(ことわざ)にも、「人生は白駒(はっく)の隙(げき)を過ぐるが如し」(『十八史略』)といっています。
人生は、戸のすき間から、白馬が走りすぎるのを見るようにほんの一瞬のことです。
人生は短く、いつの間にか過ぎ去り、今という一瞬は再び戻ってきません。
無常の道理は時の古今を問わず洋の東西を問わないまことの道理です。

謙虚にみ教えを聞く
そんなはかない、しかもやり直しのできない無常の人生をどうすれば意義のあるものにすることができるのでしょうか?

親鸞聖人は「それはお念仏の教えに生きること」とはっきりいわれました。
移り変わる世の中で変わらないもの、それはお念仏です。

南無阿弥陀仏というお念仏は、「私にまかせなさい、必ず救います」「私の教えを信じて、不安や苦しみの多い人生を正しく生きぬきなさい」と、阿弥陀如来が私たちに約束し、私たちをはげまして下さったお言葉です。

私たちはこのお言葉の意味を聞き学び、そのお言葉の通りに、「阿弥陀如来に救われ導かれて人生を歩んでいく私」という信念で生きていくのです。
お念仏の人生を歩むようになったら、あなたはそれまでと違って、自らの心、自らの行いをつねにふりかえり、つつしみ、たしなみの心で生きていくようになります。

そして、自らの生命を大切にするとともに、他の人びと、他の生物の生命をも大切にして、一切の生きとし生けるものの幸せと安らぎを願って生きていくようになります。

近頃、他人の生命をそこなういたましいことがあいついで起こっています。
本当に悲しいことです。
ある雑誌に、

<pclass="cap2">子どもより親が成長してほしい

という川柳が載っていました。
この頃の世相をみるとまったくその通りと同感します。

子どものこと、他人のことをとやかくいう前に、まず私たち自身がお念仏の教えを謙虚に聞き学びましょう。
そして、確かな足どりで人生を歩むように心がけましょう。


 出典:「本願寺ホームページ」から転載しました。
http://www.hongwanji.or.jp/mioshie/howa/