病む夫と われの手首を 縛りたる 131

出典: Book


病む夫と われの手首を 縛りたる 紐の弛みの 中に寝返る  (吉野 栄子)

この歌の作者は、昏睡状態が続く夫の介護をしています。終日家事に追われ看護に疲れる作者は、前後不覚に熟睡して夫の身の異変に心付かぬを憚ります。

そこで夫の手首とわが手を、互いに紐で繋いでおいて、眠りに入ります。はじめの中寝返りうって、はからずも紐を引張る形になって、度毎に眼覚めてしまいました。それが夜毎の眠りに馴れる中、いつの間にやら紐が弛む方に寝返る癖がつきました。紐の長さの範囲から、出ることならぬ身にとどめ、夫の命を保ちます。

病む夫と われの手首を 縛りたる 紐の弛みの 中に寝返る

まこと苦悩の有情の典型を見ます。そしてこの哀しいまでのいじらしい夫婦の命の縁ごとは、 生死の苦海 ほとりなし ひさしくしづめる われらをば 弥陀弘誓の ふねのみぞ のせてかならず わたしける という、親鸞さまのご和讃を呼びおこします。

柳宗悦といえば、庶民の暮らしの道具類に、職人の錬磨の技のたくまぬ美しさを見出し”民芸”ということを提唱し、広く世に知られた人です。

弥陀大願のお浄土が、広大にして辺(へり)もなく際もなし、と説かるるところを、”どことて み手のま中なる”と偈われました。

虚空広大なお浄土は、これだけ、ここまでの区切り局(かぎ)りが有りません。どう身動きしましょうと、この身のまんま大悲のみ手の真中です。


藤岡 道夫