母みづから 母といふものを 13
出典: Book
母みづから 母といふものを 言はざりき
この母を母の中の 母とぞ思ふ
アララギの歌人・鹿児島寿蔵先生は、紙塑人形作家として国の重要無形文化財、世にいう人間国宝でもありました。亡くなられて二年目の一昨年福岡市の岩田屋デパートで、その人形の全作品が一挙に展覧公開されました。今詠みあげました歌も、先生の筆になる条幅で拝見いたしました。
人形は先生の感性・情緒・古典の教養による思索、そして独特の制作技法をもって練り上げられ玄妙優美極まりないものでした。
男が人形作りなどと人の嘲りにつけても暮らし向きの苦しさなど仰言らず、お母さんは励ましすら下さいました。少年期より六十有余年、この人形業の背後には母上の慈愛あることが偲ばれます。
母みづから 母といふものを 言はざりき この母を母の中の 母とぞ思ふ
母はみづからを説明しない。ひたすら子故に振舞います。母自ら慈悲について弁舌をしない。しかし子の身を案じてはじっとしておれず、立ち廻ってやまぬもの。この母の身の振舞い行動自体が、慈悲のあらわれであり働きです。母親の中身は隅から隅まで子の為、子故にで満ぱい一杯なのです。
阿弥陀さまの中身は私のことで一杯です。愛憎止むことないまま命の際に向う私をいたたまれぬと見とどけて立ち上がって下さった。その最初からこの私を摂り上げて離されません。功徳を集めるもこの私のため、善根を持ち込むも凡夫この私故にで、弥陀名号のナンマンダ仏はなりました。
死のおびえはもちろん人間関係のもつれすら大きくため息となる、この身この命に来てナンマンダ仏の親さまが今もご一緒していて下さいます。
藤岡 道夫
