書斎まで 上り来て 85
出典: Book
書斎まで 上り来て 何とりに
来しかしばらく 考えてゐる
飛松実という八十三歳の老人の歌です。この方は、日常身辺の老境の実状(ありさま)をつつまず歌に詠まれます。肉体の衰えから機敏になど、とうていふるまえず、万事行動はのろくなりました。物の覚えが鈍りまして、何かかにかと探し物をする。記憶力の衰えは止めようもなく、物忘れは明け暮れ常のこと、そんな自らの様子を見据えて詠われました。
さて、恒例の報恩講の季節。親鸞聖人のお祥月のご法事とて、聖人のお噂をしてそのご恩徳を偲びます。
聖人の奥方恵信尼さまは、聖人ご往生の後なお六年、越後新潟の地に生き永らえて過ごされました。八十七歳の恵信尼さまが、京都に住まわれる娘御、覚信尼さまに、老い先残る命も僅かばかりと、近況を便りされました。
年を越して今年は、あまりに物忘ればかりしていて”ほれたるようにこそ”つまり、呆けてしもうた有様で、と書送られます。
平均寿命三十歳台の鎌倉時代に、すでに八十七。老いた恵信尼さまが、物忘れお探し物など無理からぬことと察します。
それが”わが身は極楽へ ただ今にも参らせていただこうほどに””なれば そなたもきっと きっとお念仏申されまして この母が待っています極楽へ参り合わせられますように”と、わが夫(つま)、親鸞さまお導きの言葉”まいりあう”嬉しさを書き送られました。老い衰えた身にも、明らかに命往きつく処をお持ちです。
ナマンダ仏の如来(おや)さまを、命の裡にはらむ身と、称名なされるお姿に偲びます。
藤岡 道夫
