張りつめし 心も緩び 21

出典: Book

張りつめし 心も緩び いささかの
言の葉に又 涙流れて

皇后陛下の歌です。昭和三十六年七月二十三日、照宮・東久爾成子さんが四人の子達を残して亡くなられなした。

息引取られる前の日、朝九時から天皇・皇后両陛下とも病室につめられ身じろぎもされず看りをされました。侍従官が控えの間でのご休息をと度々申上げても十七時間もの間、まんじりともされず臨終に添い続けられる両殿下だったと聞きます。

血を分けた親子、情ある夫婦の間にあって、胸の思いは騒ぎ心は湧き立ちめぐります。天皇・皇后さまといえども、例外ではありません。恩愛の情まぬがるることない、煩悩の身の事実であります。まさしく煩悩具足の凡夫と如来の仰せを承りますこと、上下貴賎の別はなく、日常茶飯、凡夫境界の実際です。

阿弥陀さまは、まるで煩悩の貯蔵庫のような私を的に、ナンマンダ仏をお仕上げです。お助けの企ての最初から、煩悩具足を見込んでかかられました。

秘かにもらす私のタメ息すら、ナンマンダ仏に組込まれます。カケラ程の心痛とて、もらさず取込まれました。妙好人才市が歌います。

 愚痴も仏になるそうな 共につろうて念仏申す

と、共につろうてとは、つれだってということ。 愚痴をやめてではない、湧き出る愚痴を緒口(いとぐち)に、お称名申す。こぼれ出るタメ息と共に、ナンマンダ仏。愚痴心痛が私の日常茶飯。そこを阿弥陀さまが見抜かれて、煩悩たちこめる心痛ため息を現場にお働き下さいます。心痛と共にナンマンダ仏。タメ息と共にナンマンダ仏とお称名申します。


藤岡 道夫