妻の煮し マーマレードも 79
出典: Book
妻の煮し マーマレードも 今朝終る
すくなき縁の またひとつ絶ゆ
妻に先だたれ、ひしひし胸に迫る、残された男の孤独の思いを詠む、並河津(わたる)氏の歌である。その妻は、家事の好きな、心配り細やかな女性でした。台所に揃える日常の食品も、かずかず手作りの品が調うていました。
それも尽きる。妻が逝き、日を経るにつれ、造り置かれた品の、あれを食べ終わり、これも尽きる。レモンなのかオレンジか、マーマレードもまた、今朝のパンに塗った分で絶えた。
物言うことなく、独り暮らすには、在りし日の名残りの物に、自から手がいく。こうして一つまた一つ、妻のえにしのものを失う。
家の内に明け暮れて、数十年。妻は優しさ十二分、身ごなしやら声音にも、そして種々(くさぐさ)造り貯めた食べ物にも、溢れるほどに妻がいた。悲しいまでに、とりとめもない淡いことどもに、一途に成って、なんと頼りなげなものに、心をくだいていてくれたのか。しんしんと胸に沁み入る愛(いと)おしさと、孤独の思いがめぐります。仕事に力を尽し、家庭の営みに心を傾けて、人の世を過ごし来たって、この命に実るものとてなく終る。
独り世に生まれ来て、独り世を去り死にゆく命。哀れ、なんと空しく過ぎゆく命かと、居たたまれぬ思いの阿弥陀さま。煮えたぎる願い・誓いをもって、空しき流転の命に来て、取りあげ抱いて下さいます。
十方苦悩の群生界に、空しく過ぐる者なきよう、仏力・功徳力を集めた、ナンマンダ仏。ナンマンダ仏のその中に、空しき流転の身を取り込んで、命の裡に実って下さいます。
独りの命を今まさに、お慈悲の的に来て、ナンマンダ仏と実り、お宿り下さいます。
藤岡 道夫
