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十四 狐客 「古 謡」

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法悦百景 深川倫雄和上

一 遠い純情 「九條 武子」
二 みおやの涙 「九條 武子」
三 小賢しき分身 「九條 武子」
四 いたき鞭 「九條 武子」
五 みずからの道 「九條 武子」
六 ほろびの玩具 「九條 武子」
七 御遠忌 「浅原 才市」
八 うそ うそ 「浅原 才市」
九 待伏の茶屋 「浅原 才市」
十 くよ くよ 「浅原 才市」
十一 歓喜の称名 「浅原 才市」
十二 夏安居 「浅原 才市」
十三 一隅を照らす 「伝教 大師」
十四 狐客 「古 謡」
十六 今を惜しむ 「兼好 法師」
十七 寝ずの番 「浅原 才市」
十八 華やぐ命 「岡本 かの子」
十九 閉された生涯 「俚 言」
二十 はすの花 「聖覚 法印」
ウィキポータル 法悦百景

青い芒(すすき)の 野にくれば 風に吹かれて 立つ波の
波のゆくえの 遠いこと 遠い思いの 野をゆけば
宵をほのかに 出る月の 月のすがたの 細いこと
細い出月の 芒野に 待ちも待たれも せぬ身ゆえ
素足 しろじろ 独り哭く


 ある頃の流行歌であった。この謡を、節まわしでご存じの方は、ありませんか。

 耶馬渓の奥の高原で、生い立った私は、芒の原のつれなさを過ぎた。背丈なす真萱の細道をゆけば、芒は頭の上にあたる。

 所として小高い道は、その原を見はるかせる。霜月の風はもう寒い。その風は、颯々と吹く。ゆるい起伏のある高原で、低目高目に戦(そよ)ぎます。白銀よりも凄じい、むしろ青い、それは波である。

旅ゆく

 遠い丘の穂並みが、きらりとゆれて、薄墨色に暮れる一人道。ものいわぬ十日の月がもの凄い。それは山の端から、ほとばしった赤い血の果てか。月も今宵は一人か。

狐客

 愛と欲のからまり合った人間どうしの絆の中に、どの一本か、金剛なのがあろうか。ここは、一人旅の宿屋か道中か。待つ人もなく、待たれる身でもない。芒の道の遠いこと。

 破れ沓は、足を包むにあらず。草の根もとの露にぬれて、素足が闇に白い。寂寥を哭く。旅である。

(昭和三十六年一月)