やがて死ぬ 娘にてあれど 19
出典: Book
やがて死ぬ 娘にてあれど 生業の
靴つくりやり 枕べにおく
朝日新聞歌壇のこの歌の作者は、クツを造る職人。一足のクツを造り急ぎます。娘が病気、それも命止められぬと医者に告げられています。助けてやれぬ不憫な娘。やがて間もなく死ぬ娘の枕べに、造り急いで仕上げた靴を置きました。
今日が日まで、なんぼせがまれても商売物の仕事を言訳に、子供の望むクツなど造ってやりはしなかった。しかし今仕事やもうけを言うてはおれぬと造り上げました。
”この靴はいて遊園地いこな。デパートにいこ。レストランいこ。そうかおばあちゃんとこいきたいか。うんいこうな”と、語りかけ語りかけする有様に親の思いが傾けられます。
やがて死ぬ 娘にてあれど 生業の
靴つくりやり 枕べにおく
娘は死ぬ。やがて死ぬ。靴を作りはしたけれど、靴をはかせて連れ歩くことはもう出来ない。そのことを承知している父親なれば、悔恨の思いが胸をしめつけてやみません。”ごめんなあ、はよ造ってやりゃよかった。ごめんな”。我子の命を止め得ぬ無力が、親として悲しい。娘の願いを聞き入れて果たしておかなかった親だから、我身をせめる思いに嘆きが深いのです。
今、阿弥陀さまを聞くに至りました。阿弥陀さまは大慈悲満足せられた如来(おや)さま。智慧と慈悲とを併せ円満充足せられた親さまです。慈悲と智慧とをナンマンダ仏に成しあげられました。流転生死の命、私の命に充満して離れたまわぬ如来さまです。浄土往生の志、畢竟成仏の願いまで、満足せしめられる阿弥陀さま。まさしく満足大悲の親さまにいだかれているのです。
藤岡 道夫
