ばあさんと 二人暮しと 108

出典: Book

ばあさんと 二人暮しと 大方の
吐き出す如く 言ふを羨(とも)しむ

合同歌集の中に見た、石井欣之助氏の歌。この作者はすでに老境にあって、しかも連れ添う夫人に先立たれ、独り暮しを余儀なくされる身の上のようです。

独り暮しは所在ないものでしょう。会話のない食事は簡単に済みます。掃除洗濯なども三日四日に一度やればそれでいい。

物言う相手がなければ、独り言など口にして、それが唯一わが耳に入る人の肉声。クシャミでもすれば森閑とした家内に響いて、それに驚く仕末。まことにもって、老いた独りの暮しは淋しさ深く身を刻みます。語らいの相手も老人、これらの人もまた、子や孫と離れ住む身をかこちます。口々に”ばあさんと二人暮しじゃ変りばえもせん。別段おもしろい話もありゃせん”と吐き出すように言うのが大方の口調。

でもそれすらぜいたくな言い種だ、羨やまれもするというのが、この歌の作者の心境。この歌をみて、島根の妙好人・才市同行の歌を思いあわせます。

才市ゃ 愚痴をおこすだ 念仏申せ。 愚痴も仏になるそうな。
ともに連うて 念仏申す こがあな喜びや これが初めて。
才市たちや よいことだ 如来さんの喜びをもろて
そりゃ 如来さんと 居るだもの

こう歌うています。才市は胸に湧きくる愚痴と連れだちいっしょになって、念仏申すといいます。愚痴と共に念仏申す。心痛と共にお念仏。ためいきと共にお念仏。独り淋しさ心もとなさと共にお念仏。

これこそ如来(おや)さまとごいっしょすることだといい、これほどの喜びはないとして、お念仏賑やかに過ごします。


藤岡 道夫